万葉集その三十二(部下の恋狂い)

749年、越中(富山)で今ならさしずめ週刊誌が派手に書き立てるだろうと
思われるような中堅役人の情事によるスキャンダルが発生しました。

当時の国守は大伴家持。
彼の下に都から伴ってきた尾張少咋(おわり おくい)という優秀な書記がいました。
その少咋、単身赴任の淋しさに耐え切れず、現地の遊女、左夫流(さぶる)という
女性に夢中になり、どうやら彼女の家から役所に出勤していて里人達の物笑いに
なっていたのです。

「 里人(さとびと)の 見る目恥づかし 
      左夫流子(さぶるこ)に
      さどはす君が 宮出(みやで)後姿(しりぶり)」 
                      巻18の4108 大伴家持


「さどはす」は血道をあげるの意で
( この私までが恥ずかしいよ。  
 左夫流子に血迷っていそいそと出勤していく後姿を里人達が
 笑っているのをみると )

当時、現地妻といえども重婚禁止で、部下の所行を案じた家持は
七出(しちしゅつ )三不去(さんふきょ)の法律を引き合いに出して長々とお説教をします。

七出とは妻が七つのうち一つでも犯せば離婚できるというもので
「五十歳になっても嫡男が生まれていない」 「姦淫」 「夫の父母に仕えない」
「悪言して他人に害をあたえる」 「盗み」 「嫉妬」「悪い病気」というものです。

然しながらこの七出という法律にも特例の救済措置があり、それが三不去。

「夫の父母の喪(3年間)に服したもの」 
「卑賤の身で結婚した後に現在の身分に上がったもの」
「結婚後実家を失ったもの」でこの三つのうちの一つに該当する妻は離婚できない、

但し姦淫と悪疾にはこの特例は認めずというものです。

家持はこのように尾張少咋に教え、
さらに「都で待つ妻とは(今は苦しくともいつかは花の咲く時もある)と
お互いに助け合ってやっと史生(ししょう=書記)という地位にまで
出世したのではないか。
今こそ妻と共に生活を楽しむ時ではないか」 と諭します。

「 あおによし 奈良にある妹が 高々(たかたか)に
        待つらむ心 然(しか)にはあらじか 」 
                 巻18の4107 家持


(遠い奈良にいる奥さんが首を長くしてしきりに待っているだろうに
そのいじらしい妻の心が哀れではないか)

「 紅(くれない)は うつろふものぞ 橡(つるはみ)の
         なれにし衣(きぬ)に なほ及(し)かめやも 」   

               巻18の4109 家持


「紅は左夫流子」「橡は団栗(どんぐり)の皮で染めた薄墨色で妻を表す」

(紅は美しいけれどもすぐ色あせるもの。橡染めは地味だが着慣れたほうが
 良いのに決まっている。年若い恋人より糟糠の妻だよ)

ところが事態は急展開。
何と!都の本妻が何の前触れもなく駅馬に乗り、里中が鳴り響く勢いで
左夫流子が奥様気取りで振舞っているところへ乗り込み大騒ぎ。

「 左夫流児が 齊(いつ)しき殿(との)に 鈴懸けぬ 
         駅馬(はゆま)下れり 里もとどろに 」        
                      巻18の4110 家持


「齊しき殿」は左夫流子が本妻のようにかしずいた館
「鈴懸けぬ」は公用の使いは鈴をつけた駅馬を使っていたが
ここは私用なので鈴のない駅馬を借りてきたもの

(左夫流子が大切にお仕えしていた御殿に
 駅鈴もつけない早馬が下ってきた。
 里中鳴り響くばかりに息せき切って)

この勝負は本妻の勝ち これにて一件落着。 めでたし、めでたし。
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by uqrx74fd | 2009-03-08 10:11 | 心象

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