万葉集その三十一(紅葉・黄葉=もみじ)

古代では秋が深まり草木の葉が「もみだされるように」赤や黄色に変わる
ことを「もみつ」と云いました。

「もみつ」が名詞になって「もみち」さらに「もみぢ」と変わり、
今日の「もみじ」は草木の変色をさすと共にイロハカエデを中心とした
カエデ類の樹木名としても使われています。

カエデを漢字で書くときによく「楓」という字を用いますがこれは誤り。

中国から輸入された楓はカエデ科ではなくマンサク科の樹木で「フウ」のことです。
万葉集で「もみち」という言葉を漢字に当てはめる場合は
「毛美知」「母美知」「黄葉」「黄変」「黄反」などの字をあて、紅葉の紅をあてることは
極めて少なく一例しかありません。

大和地方ではコナラやクヌギなど黄色に色づく樹木が多く、
赤くなるイロハカエデなどのカエデ類は少なかったものと思われますが、
黄色のほか赤、褐色に変化する全ての色を「もみち」とよんだようです。

「もみち」が「もみぢ」とよまれ「紅葉」という漢字を常用するようになったのは
平安時代から後のことです。

「 春日野にしぐれ降る見ゆ 明日よりは
      黄葉(もみち)かざさむ 高円(たかまと)の山 」

 巻8の1571 藤原八束 (太政大臣(追贈) 藤原房前の第三子)


春日野、高円山はともに奈良市内。「黄葉かざす」は頭に挿して飾る意を擬人化したもの



( 寒いと思ったら春日野の方に時雨が降っているようですね。
 明日あたりから高円の山も色づいて緑の中に黄色や赤色を
 ちりばめたように美しくなることでしょう。
 まるで山が頭に挿頭(かざし)を挿しているように見えることでしょうね)

万葉人は秋の山々が黄色や赤一色になることよりも緑も混じった
「まだら」になる景色を好んだようで次のようにも詠います。

「 経(たて)もなく緯(ぬき)も定めず少女(おとめ)らが
   織る黄葉(もみちば)に 霜なふりそね 」     
   巻8の1512 大津皇子(天武天皇第三皇子)


機を織る時は通常縦糸と横糸をきちんと決めて織ります。
この歌はもみじを織物に見立て縦糸も横糸もこれといって決めずに
さまざまな色で織りなした布がもみじだといっているのです。

(紅葉錦のなんとまぁ鮮やかなこと。まるで乙女達が
縦糸も横糸も決めないで気の向くままに織った錦みたいだ。
こんな綺麗な錦の上に霜よ降らないでおくれ)

現在「紅葉」という言葉は色々な意味に使われています。
鹿肉のことを紅葉(もみじ)ということは広く知られていますが
珍しい例では「お茶を濃く味良くたてる」ことを
「紅葉」(こうよう)といい、「濃う好(よ)う」と洒落たもので
広辞苑にも記載されています。

さて、今年も 「林間に酒を暖めて 紅葉を焚く」
紅葉狩に参るといたしましょうか。
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by uqrx74fd | 2009-03-08 10:10 | 植物

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