万葉集その二十四(漱石の草枕)


 「山路を登りながらこう考えた。智に働けば角が立つ、
 情に棹させば流される--」の名文で始まる夏目漱石の草枕。
 

峠の茶屋で主人公と老婆が次のような会話を交わします。

「昔しこの村に長良の乙女という美しい長者の娘がござりましたそうな」
「へえ」
「ところがその娘に二人の男が一度に懸想(けそう)して、あなた」
「なるほど」
「ささだ男に靡こうか、ささべ男に靡こうかと女はあけくれ思い煩ったが、
どちらへも靡きかねてとうとう

 ーあきづけば おばなが上に置く露の けぬべくもわは おもほゆるかもー

 という歌を詠んで淵川へ身を投げて果てました」

余はこんな山里へ来て、こんな婆さんから、こんな古雅な言葉で、
こんな古雅な話を聞こうとは思いがけなかった。(草枕第二章)

今回は万葉歌ー漱石ーシェイクスピアの三題噺です。

 「 秋づけば尾花が上に置く露の 
    消ぬべくも我(あ)れは思ほゆるかも 」 巻8の1564


作者の日置長枝娘子(へきながえをとめ)は 大伴家持が青春時代に交友が
あった女性の一人で、この歌は家持と掛け合いをして「楽しんでいる」ものです。

(秋めいてくると尾花の上に露がおきます。
 その露のように今にも消え果ててしまいそうに
 私はあなたのことが、この上もなく切なく思われます)

話は変わって古代から摂津の葦屋(兵庫県芦屋市)に伝わる妻争いの説話。

「摂津の葦屋に莵原処女 (うないおとめ) という美しい娘がいました。

数多くの男が言い寄りましたが、最後まで望みを捨てずに争った男が二人。
一人は同郷の莵原壮士(うないおとこ) 
一人は隣国和泉の信太壮士(しのだおとこ)

娘は信太に心を傾けていましたが、信太がよそ者なので同村の若者達の
妨害を受け 遂に思い余って入水して果ててしまいました。

すると二人の男も負けじと娘の後を追って果てたのです。
後世の人は哀れに思い、娘の墓を真ん中にして左右に男の墓を建てて
弔ったそうです」

これは万葉時代に有名な説話だったようで、万葉集にも多くの長歌と短歌が残され
ています。
その中からの短歌一首、

 「 いにしえの信太壮士(しのだをとこ)妻問し 
    莵原処女(うないおとめ)の 奥津城(おくつき)ぞこれ」

              田辺福麻呂巻9の1802

 ( はるか遠くの時代の信太壮士がはるばる妻問いにやってきた菟原処女の
   お墓がここなのだよ )

漱石は「尾花が上に置く露の消ぬべくも我」という歌を、日置長枝娘子より深刻に
「命が消える我」という意味に置き換え、更に、この歌とは直接関係がない
万葉集に伝わる説話を、場所と名前を変えた上で
 (草枕の場所は熊本県小天「おあま」) 
新しい悲恋物語として茶屋の老婆に語らせました。

最後に話は大きく三転します。

ロンドンのテイト・ギャラリーに ジョン・E・ミレー作の「オフイーリャの面影」
という絵があります。
シエイクスピァ作 「ハムレット」の女主人公の入水の場面です。

漱石は、ロンドン留学中に見たこの絵に強烈な印象を受けました。

その結果「草枕」で、峠の茶屋の老婆の悲恋物語に、万葉集・シェイクスピア
を想い、 万葉説話の菟原処女とオフイーリヤの入水場面とを重ね合わせて、
主人公に春の夜の夢を見せるという幻想的な場面を登場させたのです。
(草枕第三章)

ここに万葉集の伝説の美少女は、漱石の「草枕」によってはるか彼方の
ハムレットのオフイーリャと結びついたのであります。

余談ですが、アメリカで発生した第2のハリケーンの名前はオフイーリャ。
余程ハムレットの好きな人が名付けたのかしらん。
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by uqrx74fd | 2009-03-08 10:03 | 生活

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