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万葉集その二十三(虫のシンフォニー)


「あれ松虫が鳴いている チンチロ チンチロ チンチロリン

 あれ鈴虫も鳴き出した リンリン リンリン リーンリン

 コロコロ コロコロ こおろぎや 

 ガチャガチャ ガチャガチャ くつわ虫」 

     (作者未詳:虫の声より一部抜粋)


万葉人は秋に鳴く虫をすべて蟋蟀(こおろぎ)と呼んでいました。
マツムシ スズムシ クツワムシと呼びわけ、その鳴く音を聞分けるという
風流気はまだ彼らにはありません。

平安時代になると堂上貴族による虫の聞き分け遊びや
競い合わせ競技がおこなわれそれぞれの名前が付けられたのです。

いわば万葉人は虫の音をシンフオニーとして聴き、平安人はソナタとして
聴いたとでもいえましょうか。



「 草深み こおろぎ多に(さわに) 鳴く屋前(やど)の

     萩見に君は 何時か来まさむ 」 
               巻10の2271 作者未詳


「多に」は数多くという意味で、

「庭のこおろぎや萩が見頃、聞き頃ですよ」と男の来訪を促しています。

 お互いの関係が濃密で相許す親愛の気持ちがよく表われた歌です。


( 草深い我家の庭で虫がたくさん鳴いています。萩も満開です。
  あなた何時お出でになるの? 早くお会いしたいわ。早く来て!)

「夕月夜(ゆうづくよ) 心もしのに 白露の

 置くこの庭に こおろぎ鳴くも 」 
             巻8の1552 湯原王


作者の湯原王(ゆはらのおおきみ)は天智天皇の孫、
志貴皇子の子で親子共に気品のある秀歌を多く残しています。

「心もしのに」とは心も萎れてしまうばかりにと言う意味で心情の世界と

夕月夜、白露、こおろぎ、という自然の景とが融合して染み入るような
感じをうちだしており、佐々木信綱は

「 情緒細やかにして玲瓏たる歌調、風韻豊かな作である。
  作者の感じた秋のあわれは千年の時の隔たりを超えて
  今日の読者の胸臆(きょうおく)にもそっくりそのまま流れて
 沁みこむ思いがする」

と解説されています。

なお平安時代、松虫と鈴虫とは今の我々とは名前が逆になっていました。
チンチロリンが鈴虫でリンリンが松虫。

現在でも地方によってはこのままの名前が使われているところもあるようです。

by uqrx74fd | 2009-03-08 10:02 | 動物

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