万葉集その十九(立てる白雲)

雲といえば ヘルマン・ヘッセの郷愁(ペーター・カーメンチント)

 「 広い世の中に私よりも雲をよく知っていて、
   私以上に雲を愛している男がいたら、その男を見せてもらいたい!

   あるいは、世の中に雲よりも美しいものがあったら、それを見せてもらいたい!
   あぁ、雲よ! 美しく浮かび漂う休むことのない雲よ! 」 
                               郷愁 (佐藤晃一訳)


 万葉人も雲を見て恋人を想い、又自然の美しさを詠いました。
 今回は山の雲、海の雲のお話です。

 「 あしひきの 山川の瀬の 鳴るなへに

         弓月(ゆずき)が嶽に 雲立ちわたる 」 

   巻7の1088 柿本人麻呂歌集(人麻呂作と推定)


 (さらさらと流れる川音を聞きながら歩いていると、急に波音が大きくなった。
  ふと上を見ると雲がぐんぐん大きくなり動いていく。)

 まさに驟雨が襲い掛からんとする状態。
 鳴り響く声調の中に山水の緊張関係は更に深められ、
 躍動するその自然の力は神秘的ですらあります。
 その堂々とした力感と格調の高さは万葉の名歌中の名歌とされています。

 「鳴るなへに」とは鳴るとともにという意味で、聴覚から視覚へ移りまた
 視覚から聴覚へと動的な変化を見事に表現しています。

「 大海(おおうみ)に 島もあらなくに 海原(うなはら)の

     たゆたふ波に 立てる白雲 」 

               巻7の1089 作者未詳


 692年か702年、持統天皇伊勢行幸の時、お供の人が作った歌で、
 初めて海を見たときの驚きと感動を詠ったもの。

 大和人にとって雲は、島や山の上に立つものとばかりと思っていたようです。

 ( 見晴らすかぎりコバルトブルーの海、波がゆらゆら絶え間なく揺れ動いている。
  見渡しても見渡しても島一つないなぁ。
  おおっ!むくむくと入道雲が立っているよ、なんと素晴らしいのだろう! 海と雲よ!)

 海も青、空も青、その海上の一画に真っ白な雲を生き生きと踊り出させた歌で
 「お供の人でこのような調べをなす人がいたとは誠に尊敬すべき事である」
 と齊藤茂吉も絶賛しています。

 そして初めて海に感動した万葉人は海を彼女の土産にしたいと詠うのです。

「 伊勢の海の 沖つ白波 花にもが

    包みて妹が 家づとにせむ 」 

   巻3306 安貴王(あきのおおきみ)


 (波が花ならいいのになぁ。包んで彼女のお土産にするのに)


 注: あしひきの; 山に掛かる枕詞 山々が重なるさま
    弓月が嶽: 奈良県三輪にある巻向山の一番高いところ。
            神木とされた欅が多く自生していた。
            川は巻向川で禊のための神聖な川とされていた。
    家づと:    家包み(いえつつみ)の意で土産
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by uqrx74fd | 2009-03-08 09:58 | 自然

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