万葉集その十四(さ百合にかける恋)

古代では百合の花は神聖なものと見なされていました。
「さ百合」の「さ」は神聖なものの頭につける言葉で恐らく
あの強烈な芳香を尊んだものと思われます。

古事記には山百合の傍らで初夜を過ごす歌があり、
百合は初夜を飾るべき聖花だったのです。

 「 筑波嶺の さ百合(さゆる)の花の 夜床(ゆとこ)にも

      愛しけ(かなしけ) 妹そ 昼も愛しけ 」 

     巻20の4369 大舎人部千人(おおとねりべのちふみ)


 防人として出発した男が後に残した妻を思慕する歌です。

 夜の床のいとしい妻を思い出し、昼は昼でいとしいと感情を
 高ぶらせているのです。
 大らかな愛に溢れた歌で、その夜床を筑波山に咲く百合の花のようだと
 回想し妻のいとしい姿を重ねています。

 関東常陸筑波の地方では万葉の頃、百合を訛って(ユル)と発音しました。

 「夏の野の 繁みに咲ける 姫百合の

   知らえぬ恋は 苦しきものぞ 」 

     巻8の1500 (大伴坂上郎女)
 

 濃緑の夏の草むらに咲く一点朱色の可憐な姫百合は
 片思いに沈む女を表象しています。

 (草むらにひっそりと美しく咲いている姫百合。
  それはそのまま私の心です。
  あの人に知ってもらえない苦しい片思い。でもじっと耐えましょう。)

 作者は恋多き万葉女流歌人のトップランナー。
 恋の歌ならおまかせの大伴坂上郎女(大伴家持の叔母)。

 穂積皇子、藤原 麿(不比等の息子)等と華々しい恋の遍歴を続け
 84首の歌を残しました。

 一体どなたがこの魅力的な女性を可憐な気持ちにさせたのか大いに
 興味があるところですが、残念ながら恋のお相手は不明です。

「 道も辺(へ)の 草深百合(くさふかゆり) の 後(ゆり)もと言う

  妹が命を 我知らめやも」 
                  巻11の2467 作者未詳


 後(ゆり)という言葉は「後でね」 「今度ね」と婉曲な拒絶を表します。

 女に恋を打ち明けたところ、彼女は羞恥心からか他の理由からか
 「後でまた」 と断ったところ、 男は腹を立てて

 「どうして今ではだけなんだ。
 これから後のあの女の寿命の事なんか俺は知らないぞ」 
 と呟いているのです。

 深草の中に咲く山百合は女性の姿をも表象していますが
 これを「草深百合」という美しい言葉に表現する万葉人のセンスの良さ。
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by uqrx74fd | 2009-03-08 09:53 | 植物

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