万葉集その一(日本の美しさを詠うー国見)

「国見」とは春の初めに天皇が聖なる山に登り、
国土を俯瞰(ふかん)しながら、そのにぎわいを褒めることにより
豊かな秋の実りを予祝する農耕儀礼で、
元々は民間の気楽な行事であったものが次第に儀礼化され、
国の儀式になったものとされています。

今から約千三百年前のことです。
早春の晴れた日、天皇は山の頂に立ち、厳かに、力強く、朗々と
詠い出されました。

「 大和には 群山(むらやま)あれど 
  とりよろふ 天(あめ)の香具山

  登り立ち 国見をすれば 
  国原は けぶり立ち立つ 
  海原(うなはら)は かまめ立ち立つ

  うまし国ぞ 蜻蛉島(あきづ しま) 大和の国は 」 

          巻1-2 舒明天皇

「意訳」

( 大和には多くの山々があるけれども、その中でも
  木々も豊かに生い茂り、美しく装っている香具山。
  また、神話の時代に天から舞い降りたと伝えられる天の香具山。

 その頂に登り立って国見をすると、
 国土には盛んに炊煙の煙が立っている。
 民の竈(かまど)は豊かなようだ。

 海原(広い池)には、かもめ(ゆりかもめ)が盛んに飛んでいる。
 海の幸も豊かなのであろう。

 この上もなく美しい国よ。
 豊穣をもたらすという蜻蛉が盛んに飛び交う
 わが日本の国よ  ) 

『 「国原はけぶり立ち立つ 海原はかまめ立ちたつ」の対句は
その土と水とがとも生気に満ちて躍っていることを述べた表現で、
このように、国土の原核であり農耕に必須の媒材である「土」と「水」とが
充実しているということは、国土の繁栄、一年(ひととせ)の
五穀豊穣が確約されたことを意味する。

だから一首はただちに「うまし国ぞ 蜻蛉島 大和の国は」と
高らかな賛美のもとに結ばれる。

この歌の冒頭の大和は天皇が立つ大和(奈良)であるが、
後の大和は映像を大きく広げて国全体を意味する
ヤマト(日本)に変貌している。 』     (伊藤 博)

さらに「国原」「海原」の対句は、自然の情景をそのままに詠っており、
叙景歌の萌芽が既に芽生えてることをも示しています。

かくして、この歌は国土の美しさを褒め称えたものであると同時に、
我国文学の幕開けの歌でもあったのです。
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by uqrx74fd | 2009-03-08 09:40 | 自然

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