万葉集その二百十三(お母さん)


 「 母は七十になられても
       まだつやつやとした髪をしておられる
       - -
       母は七十になられても
       朝夕鍬を持ち
       野菜や蝶や鳥たちと
       話をしていられる
        - -
      七十になられても
      母の火は阿蘇の火のように燃え、
      五人の子を乳(ち)たらい給うた
      二つの乳房はしぼんでしまったが 
      その胸には温かい泉を
      まだこんこんとたたえていられる 」  
         
        坂村真民(精神の火と泉より)


「たらちね」(足乳根:垂乳根)という母に懸かる枕詞があります。
「たらち」は「乳が満ち足りている」、「ね」は「根」で「磐石」。

深い愛情で包み込みんでくれている母親、そしてその母に対する揺ぎ無い
信頼感を表す言葉です。

 「 たらちねの母が飼ふ蚕(こ)の繭隠(まよごも)り

         いぶせくもあるか妹に逢はずして 」 

                 巻12-2991 作者未詳


( あの子に逢えないのでうっとうしくて仕方がないよ。
 まるで母さんが飼っている蚕が繭の中に閉じこもっているようなもんだ )

好きな娘に会うことが出来ない気持を“まるで繭の中に閉じ込められてようだ”と
ぼやいていると共に
「相手の母親が娘を蚕のように繭の中に固く守っている」ことも嘆いているのでしょう。

 通い婚の古代では子供の教育や躾、監督はすべて母親に委ねられていました。
特に娘に対しては将来その家の祭祀を継承し一家の大黒柱となるだけに
その監督はかなり厳しいものであったようです。

なお、この歌での「いぶせくもあるか」
「重苦しくて気が晴れない」という意味ですが原文では

 「馬聲(イ)蜂音(ブ)石花(セ)蜘蛛(クモ)荒鹿(アルカ)」

と思いつく限りの動物を動員しています。

これは戯書といいますが、作者は鬱々とした気持をこのような遊び心で
晴らしていたのでしょう。

因みに、馬の鳴き声を「イヒーン」蜂の羽音を「ブウーン」と聞きなし、
石花は岩石に付着している貝、荒鹿は野生の鹿のことです。


遥かなる時空を飛び越えて私たちを笑わせてくれる何とも愉快な万葉人よ!
 
「玉垂(たまだれ)の 小簾(をす)のすけきに入り通ひ来(こ)ね

      たらちねの母が問(と)はさば 風と申(まを)さむ 」
 
                      巻11-2364 作者未詳


( 玉簾(たますだれ)の隙間からそーおっと入ってきてね。
 もし、簾に触れて玉が鳴り、母さんが「何の音?」と尋ねたら 
 「風よ」と申しましょう。)

母親の厳しい目から逃れて何とか風のように自在に行き来したいと願う乙女。

「軽快、明朗にして覚えず微笑の誘われる歌である。諧調の爽やかさも気持がよい。
恋愛は単純な娘子にもかかる機知を昔から教えた」(佐々木信綱)
とも評されている歌です。

「 真木柱(まけはしら)ほめて造れる殿のごと

       いませ母刀自(ははとじ)面(おめ)変りせず」

    巻20-4342 坂田部 首麻呂(おびとまろ) 駿河国防人


( 立派な柱を讃えながら立てた御殿のように、お母上様いつまでもご達者で!
  今と変わらない若々しいお顔をまたお会いする時に見せて下さい。)

刀自(とじ): 家の内を取り仕切る主婦の尊称で「戸主(とぬし)」が訛ったもの

永遠に若々しく美しい母であって欲しいと願う任地に旅立つ防人の歌です。

真木は檜、杉等良材の総称で立派な御殿を建てるにあたって現在の
上棟式のように祝詞を唱えていたことが「ほめて造れる」の語句から伺われます。

作者は大工のような仕事をしていたのでしょうか。
母を想う真情あふれる一首です。

 「 母はまた われらが幸(さち)を ひたすらに

       身にかへてとも いのりますなり 」    岡 稻里

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by uqrx74fd | 2009-05-04 19:30 | 生活

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