万葉集その二百十七(泉、清水)


「 湧きいずる泉の水の盛り上がり

     くずるとすれや なほ盛り上がる 」     窪田空穂


 「泉」という字は
     「丸い穴から水が湧き出るさまを描いた象形文字」とされ、
     訓の「いづみ」は「出水(いづみ)」に由来するそうです。
 

万葉集で「泉」という文字は数多く見られますが、いずれも「水が豊かな場所」
または「地名」として用いられ、湧き水の清冽なさまは「ま清水」「山清水」「井」
「走り井」などと表現されています。

 「 - 水こそば とこしへにあらめ 御井(みゐ)のま清水」

                   巻1-52 長歌の一部 作者未詳


この歌は我国最初の本格的な都城とされる 「藤原京」(694~710) を
讃えたものです。

都を造営するにあたって尽きることがない湧き水がある場所を探し求め、
掘られた井戸は都の繁栄と永続のシンボルとされました。

  「 家人に恋ひ過ぎめやも かはず鳴く

         泉の里に 年の経(へ)ぬれば 」 

                        巻4-696 石川広成
 

( ここ、河鹿(かじか:蛙)が鳴く美しい泉の里に 仕事で赴いてきました。
  ところが、予想外の長逗留になってしまい、何時帰ることが出来るか
  わかりません。
  家に残した家族への恋しさが募るばかりの日々。早く帰りたいなぁ。)

740年前後、泉の里は新しい都、久邇京(くにきょう:京都木津近辺) 造営で
大童でした。
作者はこの遷都に携わる官人だったのでしょう。

自然の素晴らしい環境も望郷の念には勝てなかったようです。

「恋ひ過ぎる」は「恋しくなくなる」という意ですが、否定の「めやも」が続いて
いるので「恋しくなくなるなんてあり得ない」という意味になります。

 「 落ちたぎつ 走井水(はしりゐみず)の 清くあれば

              置きては我は 行(ゆ)きかてぬかも 」 

                        巻7-1127  作者未詳


( 激しく流れ落ちる水が余りにも清らかなので旅の途中で先を急ぐのに
  立ち去りにくいことです。)

古代では水が勢いよく流れ出ることを「走る」と表現しました。

喉の渇きを覚えつつ、一歩一歩山を登ってゆく。
やがて岩間から流れ出る湧き水を発見し思わず駆け寄ります。

胃が痛くなるほどの冷たい水で喉を潤し、心身ともに生き返った心地の作者。
澄み切った美しい水に命の根源を見出し、感謝の気持を込めて
旅の安全を祈ります。

「 馬酔木なす 栄えし君が掘りし井の

        石井の水は 飲めど飽かぬかも 」   

                  巻7-1128 作者未詳


( 馬酔木の花のように栄えたあなたさまが掘られた石で囲った井戸。
 その水は飲んでも飲んでも飽きることなく美味しいものです 。)

石で囲った井戸は裕福な人でなければ造ることが出来ませんでした。
その井戸を惜しげもなく開放し、後々まで多くの人々に慕われ、
感謝されている亡き先人。

 「 道のべに清水ながるる柳かげ

       しばしとてこそ立ちとまりつれ 」  西行 ( 新古今和歌集)


( 道のほとりに清水が湧き流れていて、そこに柳が涼しそうに木蔭をつくっています。
 しばらく休ませてもらおうと立ちよったのですが、あまりにも気持がよいので
 ついつい長居してしまったことです)

西行63~73歳のころ、旅の途中あるいは屏風に書いたものともいわれている歌です。
夏の暑い日に清水と木蔭を見つけた喜びと清涼感、作者の淡々として
澄み切った心境が感じられます。

後年、芭蕉は奥の細道の旅の途中、西行が立ち寄ったと伝えられる
この歌ゆかりの那須野で

「 田一枚うゑてたちさる柳かな 」     の名句を詠みました。

西行を深く尊敬し思慕していた芭蕉。
遠い昔を偲んで長い間瞑想に耽っていたようです。

句の解釈については諸説ありますが、山本健吉氏は

『 西行の歌の「しばしとてこそ」の具象化が「田一枚」なのであり
暫しと立ちどまったところ思わずときをすごしてしまってその間に田一枚
植えられたのである 』
   と適切な解説をなされています。

「 西行の 詠みたる清水 掬(く)めど澄む 」 森田 峠
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by uqrx74fd | 2009-06-01 19:46 | 自然

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