万葉集その二百二十三(山川)


「 幾山河 越えさり行かば寂しさの

        はてなむ国ぞ今日も旅ゆく 」 

            若山牧水 (岡山県哲西町 二本松峠にて)


(旅を歌っていると同時にまた人生そのものを深々と歌っていると思えるところが
魅力的である。 寂しさの終(は)てる国などなくてもよいというほどの誇らかな
若さが結句に感じられる。 <名歌、名句辞典 : 三省堂> )

「山川(河)」という字は古代から発音によって意味が区別されており「ヤマカワ」は
「山と川」、濁音の「ヤマガワ」は「山の間を流れる川」の意とされています。

「 皆人(みなひと)の恋ふるみ吉野 今日(けふ)見れば

        うべも恋ひけり 山川(やまかわ)清み 」 

                   巻7-1131 作者未詳


( 多くの人々が憧れ、一度は訪ねてみたいという吉野。
今日訪ねてみると、なるほど、なるほどそのように言われるのは尤もなことです。
山も川も実に美しく清らかですね )  註:「うべも」は「なるほど尤も」

この歌は朝廷に仕える官人が吉野を訪れた時に宴席で詠ったものとされています。
恐らく持統天皇が何度も行幸された宮瀧とよばれていたところでしょう。
鬱蒼と杉が生い茂り、渓谷をぬって瀧から清冽な水が流れ落ちている仙境。
初めて訪れた大宮人の嘆声が聞こえてくるようです。

『 「まだ見ぬ方(かた)の花をたずねむ」と西行は歌ったが奥へ奥へと
     誘(いざな)っていくところがある。
    幾山河という古風な言葉をきみは大事にするが吉野の奥というのは
    地理的な奥というより人間のくらしや感情の奥処(おくか)であるようにおもえる。
    つきつめれば吉野は連なる山々とそれらの青山から流れる水があるばかりだ 』

             ( 前 登志男著 吉野紀行より 角川選書 )


「 今造る 久邇(くに)の都は山川(やまかわ)の

          さやけき見れば うべ知らすらし 」 

                       巻6-1037 大伴家持


( 槌音も高く、今、造っている久邇の都は美しくも清らかな山や川に囲まれています。
  なるほど、なるほど、この地を新たな都と定められたのも尤もなことです。)

740年、聖武天皇は突如、都を平城から久邇へ移しました。
久邇は京都府相楽郡加茂町を中心とした木津、山城にまたがる地域で
恭仁京(くにきょう)とよばれます。
淀川に合流する木津川が都の中を蛇行し、さながら水郷都市の観があったことでしょう。

当時、紫香楽(しがらき:滋賀県甲賀)で大仏建立の工事が進められていましたが、
木津川を利用した資材物流基地の建設を目指したともいわれています。

然しながら、744年には未完成のまま廃都とされ、再び平城京に戻る事になりました。
紫香楽で地震や火災が多発して人々が動揺したことに加え、財政不足が深刻な状態となり
すべての資源を平城京に移して大仏建立に集中せざるをえなくなったものと思われます。

「 山川(やまがわ)の 清き川瀬に遊べども

        奈良の都は忘れかねつも 」 

                      巻15-3618 遣新羅使人


( 山間の清らかな川瀬で遊んでいても、心に浮かぶのはあの奈良の都。
  忘れようとしても忘れられないことです。)

 遣新羅使人が長門の島(広島県呉市倉橋島)で船泊した時の歌です。

 風光明媚な景勝の地での遊宴の一時とはいえ、重要な使命を帯びた使人たち。
 しかも、生還を期しがたい危険な船旅の途中です。
 都から遠ざかるにつれ、酒宴を楽しむよりも望郷の思いのほうが益々募って
 いったことでしょう。


 「 山川(やまがわ)の 激(たぎ)ちのどよみ 耳底(みみぞこ)に

        かそけくなりて峰を越えつも 」 

                    斉藤茂吉 (赤光)


「激のどよみ」は「激の響み」で流れが逆巻いて響く音。
 清流で喉を癒したのち、心地よい川音の響きを背にしながら一歩一歩山を登る。
歩みとともに次第に遠ざかる音。いまもなお耳底に余韻を残して。
明治41年作者塩原旅行での詠。

 「 高根に登りまなじりを
     きはめて望み眺むれば
     わがゆくさきの山河(やまかは)は
     目にもほがらに見ゆるかな
     みそらを凌(しの)ぐ雲の峯
     砕けて遠く青(あを)に入る 」  

              ( 島崎藤村 高山に登りて遠く望むの歌 )

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by uqrx74fd | 2009-07-13 08:38 | 自然

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