万葉集その二百二十六(弓張月)

本年の立秋は八月七日で旧暦の七夕です。

牽牛、織姫年一度の逢瀬のこの日は、夕暮れから三日月が中天にかかり、
星の光は少しかすんで見えますが、夜も更け月が完全に沈むと、
爽やかな夜空に天の川が燦然(さんぜん)と輝き、満天の星たちが
二星のために最高の舞台を提供します。

「 天の原 行(ゆ)きて射てむと 白真弓(しらまゆみ)
            引きて隠(こも)れる 月人壮士(つきひとをとこ) 」 
                         巻10-2051 作者未詳


( 天の原を行ったり来たりして牽牛を射てしまおうとしているお月さんよ。
 とうとう諦めて、立派な白木の真弓を引き絞ったまま山の端に隠れてしまったわい。)

三日月が恋敵の牽牛に向かって弓を引き絞っているように見立てた歌です。

古代では月が完全に沈んでから二星の逢瀬が始まると考えられていました。
牽牛織姫の渡河を今か今かと待ち望んでいる人にとって月がいつまでも空に
居座っているのは迷惑。
「どうせ片恋なのだから弓を射ても届かないよ」と冷やかしているようです。

「星の恋 いざとて月や入りたまふ 」 長斎

そして山の端に消えてゆく月を見ながら「振られたのに威張りながらの退場だわい」と
笑い、やがて始まる天体ショーへの期待に胸を膨らませています。


「 天の原 振り放(さ)け見れば 白真弓
            張りて懸けたり 夜道はよけむ 」 

       巻3-289 間人宿大浦(はしひとのすくね おほうら)


( 天つ空を遠く振り仰いで見ると、引き絞った白真弓のような月がかかっている。
 この分だと夜道はさぞ歩きやすいであろう )

古代人は満ちては欠け、欠けては満ちる月を命の再生の象徴とみなし、月の光には
夜の世界を跋扈する悪魔や悪霊を追い払う呪力があると信じていました。

天空から明るい光を照らしてくれる三日月は危険な夜道を急ぐ人にとって、弓で魔物を
射てくれる頼もしい守護神であったことでしょう。

なお、白真弓は木の皮を削って白くした立派な(真)弓という意味ですが、
真弓=檀(まゆみ)、梓弓、槻(つき=けやき)弓など材料の木を表すこともあります。

さて、舞台は時空を越え中世へ。
シェイクスピア劇「夏の夜の夢」の冒頭の場面です。

「シーシアス」: さて、美しいヒポリタ、吾(われ)らの婚儀も間近に迫った。
          待つ身の楽しさもあと4日、そうすれば新月の宵が来る。
          それにしても虧(か)けてゆく月の歩みのいかに遅いことか!
          - -。

「ヒポリタ」:   でも4度の日はたちまち夜の闇に融け入り、4度の夜もたちまち
          夢と消え去りましょう。
          やがて新月が、み空に引きしぼられた銀の弓さながら、
           式の夜を見守ってくれましょう。
                     

                                ( 福田 恒存 訳 新潮文庫 )            
どこかで聞いた台詞だなぁ。 
シェイクスピアも万葉集を読んでいたのかしらん。


  「三日月をゆみはり月とみるばかり
             中(なか)空にして そふ光かな 」   正徹

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by uqrx74fd | 2009-08-03 19:32 | 自然

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