万葉集その二百二十八(瀧もとどろに)

古代、「瀧(たき)」という言葉は「激流」を意味していたそうです。

その由来は、「水が激しく流れるさま」すなわち「たぎつ(激つ)」が「たぎ」に短縮され、
さらに清音の「たき」になったものといわれております。
 
723年、元正天皇が吉野に行幸されました。
轟音を響かせて逆巻く流れを眼の前にしてお供の人が声高らかに詠います。

「 斧取りて 丹生(にふ)の檜山の
     木(き)伐(こ)リ来て  筏(いかだ)に作り 

     真楫(まかじ)貫き  磯漕ぎ廻(み)つつ 
     島伝ひ  見れども飽かず 

     み吉野の  瀧もとどろに   落つる白波 」   
                  巻13-3232  作者未詳
(反歌)

「 み吉野の 瀧もとどろに 落つる白波
           留まりにし 妹に見せまく 欲しき白波 」 

                     巻13-3233 同


( 斧を手に取り、丹生の檜山の木を伐ってきて、筏に作り、
左右の櫂(かい)もしっかりと取りつけました。

そして、その筏で磯を漕ぎ巡り、島伝いに眺めているのですが、
いくら見続けても飽きません。

激流をごうごうと、天にもとどろくばかりに響かせて流れ落ちる白波よ! )

(反歌)
( このような素晴らしい光景を都に残っている妻に見せてやりたかったなぁ)
 
註1. 丹生(にふ)=地名:奈良県吉野郡黒滝村一帯、檜の産地
註2. 島伝い: ここでは水辺 

吉野川を海に見立てて、白波の躍動するさま、吉野の景観の見事さを褒め称えています。
続く旋頭歌では、望郷の念を詠いながら、そこに旅の安全を祈る気持を込めたのでしょう。

簡潔ながらも筏に乗って激流を下っているような臨場感が感じられる歌です。

さて、私たちが今日言うところの「瀑布の瀧」は、「垂水(たるみ)」とよばれていました。
文字通り「空中を垂直に落下する水」という意味の言葉です。
  
「 石(いは)走る 垂水の水の愛(は)しきやし
              君に恋ふらく 我が心から 」 

                  巻12-3025 作者未詳


( 岩の上から逆巻き落ちる瀧の水のように激しくあなたに恋焦がれています。
 この苦しい胸のうち、それは誰のせいでもありません。私自身のせいなのです。)

「愛(はしき)やし」には「愛(いと)しい」という意味と、水が「疾(は)しき=早い」とが
掛けられています。
恋の激しさを一直線に流れ落ちる瀧のさまに喩えた一首です。

なお、この「ハシキ」という言葉は、のちに「敏捷」を意味する「ハシコイ」という
現代語に転じた(井上通泰:万葉集新考)といわれています。 

「垂水」という言葉を有名にしたのは、何と言っても

「 石(いは)走る 垂水の上の さわらびの
           萌え出づる 春になりにけるかも」 

      巻8の1418 志貴皇子   (万葉集その51 早蕨 既出)


の名句でありましょう。
然しながら、万葉人のこの美しい造語「垂水」は時の経過とともに消え去り、
今では地名 (神戸市垂水区など) にその名残を留めるばかりとなってしまいました。

「 瀧はこの世に数あれど 
   うれしや うれし 鳴り響く

   これはまことの 瀧の水 
   日が照ったとて絶えもせず 
   
   とうとう たらり 鳴りひびく  
       ヤレコトットウ 」 

        ( 梁塵秘抄: 榎 古朗訳 新潮日本古典集成)


瀧に対する感謝の気持が溢れるばかりの「お祭り囃し歌」で、お能の「翁」にも同じ
詞章がみえるそうです。

我国では古代から多くの人々が、瀧壷には水の神、龍神が住んでいて、
霊力あるその水で体を清める、いわゆる禊(みそぎ)をすることによって魂が甦り、
肉体も若返らせることが出来ると信じてきました。

717年、「養老の瀧」(岐阜県養老町) を訪れた元正天皇は、瀧水を浴びたところ、
肌が滑らかになり、痛むところも治ったので、大いに喜ばれ、年号を養老に改めたとも
伝えられています。(古今著聞集)

老若男女が冷たい水に打たれて修行する姿は今もなお各地で多くみられますが、
女帝も瀧に打たれたのでしょうか?

「 瀧浴びの しなびし乳房 ひしと抱き 」 

                         水守 萍浪(へいろう)

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by uqrx74fd | 2009-08-17 08:14 | 自然

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