万葉集その二百三十五(かえで)

『 「カエデ」の古名を「かへるで(蛙手)」という。
葉の形が蛙の手に似ているからである。

ふつうは「もみじ」とよんでいるが「万葉集」では主に「黄葉」の字を
宛てており紅葉と書くようになったのは平安期以後のことらしい。

本来「もみじ」は動詞であり草木が秋になって変色することを
「もみつ、もみつる」などといったが、カエデが一番美しく紅葉するので、
その別名詞となったのであろう。 』

( 白州正子 木より:平凡社 。 筆者註:「紅葉」という字は万葉集に一首あり)


「 我がやどに もみつかへるて 見るごとに

     妹を懸(か)けつつ  恋ひぬ日はなし 」

        巻8-1623  大伴田村 大嬢(おほいらつめ)


( わが庭のカエデも日に日に色づいてきました。
 その美しい紅葉を見るたびに、あなたのことが気に掛かり、
 恋しいと思わない日はありません。

万葉集では男女間の恋歌のほか、肉親や親しい人との歌のやり取りも
相聞に分類され、この歌も作者が異母妹、大伴坂上郎女に贈ったもの
とされています。

二人は大伴旅人の弟である宿奈麻呂の子で、姉の田村大嬢は
父とともに平城京近くの田村の里に、妹の坂上郎女は
明日香、竹田の庄に母、大伴郎女と住んでいました。

二人はとても仲がよかったらしく、妹を想う優しい姉の真情あふれる一首です。

「 児毛知山(こもちやま) 若かへるでの もみつまで

     寝もと我(わ)は思(も)ふ 汝(な)はあどか思(も)ふ 」

                      巻14-3494 作者未詳


( 児毛知山 この山のカエデの若葉がもみじするまでずっと寝ていたいと俺は思う。
 お前さんはどう思うかね )

山の名前に「子持ち」を懸け、寝ることで「子を持とう、即ち結婚しよう」と
匂わせています。

児毛知山は群馬県渋川市北方にある「子持山(海抜1,296m)」で、
古代から性崇拝の神山として名高かったようです。
山の麓または中腹で歌垣も行われており、そこでの口説き歌ともいわれています。

『 「寝もと我は思ふ」以下のもぐもぐした幼稚っぽい口調を私は特に愛する。
  この朴実な口説きの言葉は、後世にはどうしても生まれえぬものであろう。

  「寝も」は、まるで純真な響きを発している。
  息づきもせず力みもせず明るくほほえましく
  この「寝も」が自然にでてくるところ、ここに原始の香りが
 いまだ多少は漂っている山間部の村々のよさがある」 

 ( 田辺幸雄 万葉集東歌 塙書房 ) 』

「カエデ」は我国に自生する落葉高木の総称で「楓」という字があてられています。

然しながら、中国の「楓」は日本にはなく、日本の「カエデ」は中国で産しません。
従って「カエデ」に「楓」を当てるのは誤りであると、多くの方が指摘されています。

「楓」は中国原産の「マンサク」科の大樹で聖なる木とされているそうです。
一種の芳香を漂わせ、丸みを帯びた葉は三つの大きな裂け目があり秋には紅葉し、
風に吹き当てられると葉むらがいっせいに揺れ動くところから「楓(フウ)」という
会意文字になったという説もあります。

その「楓」に日本の「カエデ」という字が当てられたのは唐風一辺倒、国風軽視の
思潮が高まっていた平安時代でした。

『 中国の古典文献に出ている事柄はすべて正しく、なにごとによらず典拠を
漢籍の中に求むるべきであると考えていた平安王朝知識人が以前から実物未見、
正体不明のままになっていた“楓”なる霊木をいよいよ文学素材のうちに
取り込まなければならなくなったとき、かれらは、とくに「説文解字」などの説く

「 漢宮殿中多植之 、至霜後 葉丹可愛 」の連関から

「宮中の庭園に植えられている樹木の中で、晩秋になって葉が真っ赤に変わる
種属として日本のカエデをもって「楓」にあてた』 

( 斎藤正二 植物と日本文化 八坂書房 )

こういった指摘にもかかわらず、現在、「広辞苑」ほか、どの辞書を引いても
「かえで=楓」とされています。
ここに至っての訂正はもう不可能でしょう。

したがって「楓」は誤用ではなく「代用漢字」というべきでしょうか。

「打ち晴れて 野山の錦 明日も旅 」 北川左人
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by uqrx74fd | 2009-10-04 08:47 | 植物

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