万葉集その二百三十七(倭琴:やまとごと)

古代、神楽や雅楽で用いられていた「倭琴」(やまとごと)は「あずま琴」ともよばれ、
縄文、弥生の遺跡から出土する「へら状の突起形木製品」や、古墳遺跡にみられる
「埴輪の弾琴像」などにその原型が認められるそうです。

元々は、五弦の小さなものでしたが、奈良朝以降、六弦の長大なものになり、
柱(じ)と呼ばれる可動式の支柱で音程を調節し、指にはめた爪:(ピック)で弾きました。

その後、改良を加えられて「和琴(わごん)」と呼ばれるようになり、現在でも
宮中の雅楽演奏などで用いられていますが、正倉院遺物にそのル-ツと推定される琴が
残されているそうです。 ( なお、琴と箏の違いについては末尾をご参照下さい)

「 琴取れば 嘆き先立つ けだしくも
       琴の下樋(したび)に 妻や隠(こも)れる 」   巻7-1129 作者未詳


( 琴を手に取るとまず嘆きが先立ってきます。
 もしかしたら琴の空ろの中に亡き妻の魂が籠もっているのだろうか )

「けだしくも」ひよっとして 

「下樋」琴の表板、裏板の間のうつろになっている部分
    元来の意味は地下に設けた木製の水路、すなわち暗渠(あんきょ)のこと

古代、物が空洞になっているところには霊的なものが宿ると信じられており、作者は
亡き妻の愛用の琴を弾き出す前から、妙なる音色が聴こえてきたと感じたようです。

『 「嘆き」は単に悲嘆、哀傷の意ではあるまい。その心情をもこめつつ、
音色にいたく引かれてしまう切実な感動をいうのであろう。

格別に気高い音色をだす琴なのだが、妻との思い出がこもるので弾く前に
いっそう感極まってしまうという心。つまりは、きわめて複雑微妙な形で
琴をほめるのがこの一首 』(伊藤博) とされています。

さらに、大岡 信氏はこの歌の大意が「妻を偲ぶ」ものであるにもかかわらず
題詞が「倭琴を詠む」となっていることについて次のような指摘をされています。

「 題材別に古今の歌を集成することに主眼がおかれ、歌を別の角度から
取り上げて新しい編集者意識、方法論を示そうとした。
これこそ古今和歌集以降もっとも際立った特徴で、和歌の歴史全体を通じて
編集者がどれほど重大な存在であったかを示すものであり、
読者の関心をうながしておきたい。」とされ、この歌の作者は
大伴旅人、編集者は大伴家持であろうと推定されています。  
           (「私の万葉集」講談社現代新書より要約抜粋 )

「 我が背子が 琴取るなへに 常人(つねひと)の
    言ふ嘆きしも いや重(し)き増すも 」 巻18-4135 大伴家持


( あなたさまが琴を手にとってお弾きになるにつれて、世間の人が「琴の音で
悲しみがわく」という、その嘆きが次から次へとこみあげてまいります。)

作者、越中在任中「秦伊美吉 石竹 (はだのいみき いわたけ)」の館で催された
宴での歌で、琴を演奏しているのは主人、石竹と思われます。

「琴を取れば嘆きがこみ上げる」と詠ったのは「あなたさまの演奏があまりにも
見事なので感動のあまり泣きたいくらいの気持でございます」と言いたかったようです。

「よい音楽のゆえに、憂愁を感ずるといふのは大陸の文学思想によって開かれた情趣
(武田祐吉)」であり、「自然の風雅の象徴“雪月花”に対応する人事の風雅の象徴
“琴詩酒”が想起される」(伊藤博)一首です。

この「琴とれば嘆き先立つ」という語句は後々の歌人たちに大いに好まれ、微妙な
変化を加えながら常套の文学的表現となって平安時代へと受け継がれてゆきます。

「 わび人の 住むべきやどと 見るなへに
    嘆き加はる 琴の音ぞする 」    古今和歌集 雑歌下

(よしみねのむねさだ 良岑宗定:僧正遍照の俗名)


( 「世をいとう人が住んでいるような住まいだな」、と思って見ていると、
私の気持に合わせるように、住む人の嘆きがいっそう加わるような
琴の音がしてきたことです。 )

作者が奈良へ旅したときに荒れた家で女性が琴を弾いているのを聞いて
詠んだ歌とされています。
「世をいとう人」とは俗世を捨ててわび住まいする人を言いますが、ここでは
女が何かの事情で京から離れて住んでいることをさすようです。
美しい女性を見ると放ってはおけない遍照さん!

「 この明るさのなかへ
  ひとつの素朴な琴をおけば
  秋の美しさに耐へかね
  琴はしづかに鳴りいだすだらう 」   ( 素朴な琴 :八木重吉)


『 素朴な琴は作者自身の心の象徴。
琴の調べに誘われるように詩人の心が鳴っている。
あるいは琴と心が同時に鳴りいだそうとしている。

それは秋の日のように単純で素朴な自然にあこがれながら、
みずからは ついに単純にも素朴にもなりきれなかった悩み多き
近代人の心のときめきである。 』

( 八木重吉詩集 「素朴な琴はなぜ鳴り出したか」 郷原 宏より )

ご参考:「琴について」

「 琴(きん、こと) という言葉は我国では弦楽器を総称するもの」とされ

①琴 ② 箏(そう) ③和琴(わごん) に大別されます。

「琴」 は大正琴、一弦琴、二弦琴、七弦琴 などをいい、音程は絃を押える場所で
    決めます。

「箏」 は奈良時代に中国から渡来し、現在普通に「こと」とよばれているもので
    柱(じ)と呼ばれる可動式の支柱で音程を調節します。(和琴と同じ)

 厳密な区別が必要な場合は「琴(きん)の琴」「筝(そう)の琴」というそうです。
[PR]

by uqrx74fd | 2009-10-19 20:08 | 生活

<< 万葉集その二百三十八「百代草(...    万葉集その二百三十六「斑鳩(い... >>