万葉集その二百四十五(檜:ひのき)

「 長く良材ばかりを手がけ、いまは各国の木材をも扱っている木材業の人に聞くと
言下に、良質の檜はどこの国へ出してもヒケはとりませんねという。

質と美しさは抜群だといって、ずらずらと強度が強い、湿気に強い、腐敗しない、
通直である、木目が美しい、香気がある、色沢が柔らかいという。
いいとこずくめですねといえば、そうですと笑う。

 - 思わず聖書で習った“持てるものは持てる上に与えられ”という句を思い出した。
たっぷりと、いい性格をもって生まれる木なのだ。」 
                               ( 幸田文 木 ;新潮文庫)

日本書紀に『 スサオノミコトが胸毛を抜くと 「これ檜(ひ)なる..
檜を以って瑞宮(みつのみや)をつくる材(き)にすべし」 』という記述がみられ、
古代の人々も檜が優れた建築用材であることを十分認識していたようです。

694年、我国最初の本格的な都、藤原宮造営のために近江から大量の檜が
伐り出されました。

「 ...石(いは)走る 近江の国の 衣手の 田上山(たなかみやま)の
 真木(まき)さく 檜(ひ)のつまでを  もののふの八十(やそ)宇治川に
  玉藻なす 浮かべ流せれ ...

  泉の川に 持ち越せる 真木(まき)の つまでを  百(もも)足らず
  筏に作り  のぼすらむ ... 」  巻1-50(長歌の一部) 藤原宮の役民


( 近江の国の田上山の檜の丸太を宇治川に浮かべて流している。- -
 - - 泉川に持ち運んだその檜を筏に組んで上流へ運ぼうというのであろう )

「枕詞」のそれぞれに掛かる意味は以下の通りです。

石走る(いはばしる) : 溢水(あふみ:あふれる水)の意で近江(あふみ)に掛かる
衣手: 手を「た」と訓み「田」に掛かる
真木さく: 立派な木(真木)が栄える 意で檜、杉などに掛かる 
もののふの八十(やそ):宮廷に仕える文武百官の氏(うじ)が多いところから宇治に掛かる
百足らず(ももたらず) : 百に足りない五十(い)で筏(いかだ) に掛かる。

語句の訳:
  「玉藻なす」: 美しい藻の様に軽々と
  「真木のつまで」 :  檜を立派な木という意味で真木といい、
             「つまで」は「角材(つま)の材料(て)」で丸太
    
この歌は、造営のための木材運搬作業の模様を役民が詠ったものとされています。
(実際には貴族が役民に成り代わって作歌したものらしい)

人々は、近江の田上山で伐った檜の丸太を瀬田川へ落として、その下流の宇治川に流し、
木津川との合流地点、巨椋池(おおくらいけ)とよばれるところで、筏に組みました。
さらにその筏を、木津川(泉川)、佐保川、飛鳥川へ流したり遡らせたりしながら
藤原の地へ運んだものと推定され、その作業は困難を極めたことでしょう。


「 峡(かひ)の雲 はれ行く見れば 檜木山
     黒々として 重なりけり 」   島木赤彦


法隆寺、薬師寺、唐招提寺などの巨大寺院の堂塔の主要な部分はすべて檜で造られ、
千数百年経過した今でも腐敗することなく微塵も揺るいでおりません。
檜は何故このような強靭な生命力をもっているのでしょうか。

宮大工、西岡常一氏は次のように語っておられます。

『 樹齢千年の木は堂塔として千年以上は持ちます。
  ただし、木の癖、性質を生かしてそれを組み合わせて初めて長生きするのです。
  そのために山を丸ごと買い、南に向いていた木は南に使い、北の木は北にと
それぞれの育った環境にあわせて使います。
  
  ヒノキ林は地面に太陽がほとんど届かないので、実が落ちてもすぐには
芽出ししません。何百年も芽はじっと我慢しているのです。
そして時期が来て、林が切り開かれるか、周囲の木が倒れるかして大きな間が
出来ると一斉に芽を出します。

  ここから猛烈な生存競争がはじまるのです。
木は日に当たって合成して栄養を作って大きくなるので、少しでも早く大きく
ならないと、となりの木の日陰になってしまいます。
日陰になったらもうおしまいです。

  そして何百年ものあいだ競走を続け、勝ち残るのだから残った木は強い。
  だが競走はそれだけでは終りません。
少し離れたところの木とも競走し、さらに風、雪、雨とも戦わなくてはならない。

千年経った木は千年の激烈な競走を勝ち抜いた木なのだから
強いのは当然なのです。 』    ( 「木に学べ」:小学館 要約引用 )

「 木はその癖、性質、育った環境に合わせて使う。
長い間芽が出なくても、じっと我慢し、時が来たら一気に開花する。」

という言葉は、そのまま人間にも通じるものと肝に銘じたことです。

  「 義仲が 兎を狩りて 遊びけん
      木曾の深山(みやま)に 檜生ひたり」 正岡子規

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by uqrx74fd | 2009-12-13 19:51 | 植物

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