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万葉集その二百五十九(時は今・春)

   『 時は春、  
   日は朝(あした)、
   朝は七時、
   片岡に露みちて、
   揚雲雀(あげひばり)なのりいで、
   蝸牛(かたつむり)枝に這ひ、
   神、そらに知ろしめす。
   すべて世は事も無し。 』  

 
「 ロバート・ブラウニング 春の朝(あした)より: 上田敏訳」

『 私たちの中学時代の英語のリーダーには、この原詩が掲げられていて
  愛誦したものである。
  神の創りだした秩序を賛美し祝福している詩であろう。
  感情の高まりを抑えた静かな詩だが、春のよろこびはおのずから現れている。』

        ( 山本健吉 ことばの季節より : 文芸春秋社 )

 「 時は今 春になりぬと み雪降る
      遠山の辺(へ)に 霞たなびく 」 
         巻8-1439 中臣 武良自(むらじ)


( ようやく春になったのだなぁ。 
  いまだに雪が降り積もっている遠くの山のあたりにも
  霞がたなびいているよ。)
 
「春は霞と共にやって来る」と考えていた古(いにしえ)の人々。
「時は今」という言葉に待ちに待ったに春到来の喜びがあふれているようです。

   「 春なれや 名もなき山の 朝がすみ 」 芭蕉

  芭蕉大和路での詠。
  万葉の春の代表的な風物、霞は平安さらに江戸時代にまで受け継がれました。
  山の辺の道の途中に「たたなずく青垣」と詠われた山並みが一望できる
  小高い丘があります。
  早春の朝、その丘から眺める大和三山、三輪、二上山をはじめ、四方の山々は
  すべて霞にぼやけ、さながら水墨画のような世界です。芭蕉が見た大和は

   「春はあけぼの、やうやう白くなりゆく山際少し明りて
     紫たちたる雲の細くたなびきたる 」 (枕草子 第一段) 


    のような風景だったのでしょうか 。

「 ならさか の いし の ほとけ の おとがひ に
   こさめ ながるる はる は き に けり 」  会津八一


奈良坂は奈良市の北にあり、木津、京都にいたる道。
石仏のおとがい(下あご)に春雨がしたたっており、
その細い雨足に春到来を感じとった一首です。

  「 青柳の 糸の細(くは)しさ 春風に
       乱れぬ い間(ま)に 見せむ子もがも 」 
              巻10-1851 作者未詳


( 青々と芽ぶいている柳の枝はまるで糸のよう。
  春風にゆらゆら揺れて、美しいなぁ。
  見せてあげる誰かさんがいればよいのに・・・)

万葉集唯一の「春風」という言葉です。
しだれ柳の瑞々しく、しなやかな新芽。
春風に吹かれて簾(すだれ)のようにそよぐ柳。
軽やかなウキウキとした気分を誘う歌です。

歌中の「い間」の「い」は接頭語で「風で枝の美しさが損なわれない間に」と
いった意味でしょうか。

「 春の野に 心延(の)べむと 思ふどち
    来(こ)し今日(けふ)の日は 暮れずもあらぬか 」
                   巻10-1882 作者未詳


( 親しい仲間同士で、伸び伸び一日過ごそうと春の野にやってきました。
 今日は何時までも日が暮れないで欲しいものだなぁ )

心を許したもの同士の会話は何時まで経っても尽きることがありません。
時よ止まれ!
 
「 沈丁花 春の月夜と なりにけり 」 高浜虚子

by uqrx74fd | 2010-03-21 20:42 | 自然

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