万葉集その二百六十一(夜桜)

『 桜は月に引かれるというのか、自然の営みには月が大きくかかわっている
  みたいですな。
  ですから桜がいつごろ咲くかは暦をみていたらわかります。
  満月に向かって咲きよるんです。
  北の方へいくとまた変わりますけど、京都あたりだとだいたい満月に向かって
  咲いていきますわね。
  平成7年は4月1日が十五夜でしたな。ここを目指してぐう-っと咲いて、
  それで一気に春になりました。- -
  わしは月が咲かせるんやと思いますわ 』

( 佐野 藤右衛門:桜守、植藤造園16代目 
         「桜のいのち 庭のこころ」より要約抜粋 草思社)
 
    「 春日にある 御笠(みかさ)の山に 月も出でぬかも
         佐紀山に 咲ける桜の 花の見ゆべく 」 

           旋頭歌(577577を基調とする歌体)
                巻 10-1887 作者未詳 


( 三笠山から月が早く出てくれないかなぁ。西の佐紀山はもう桜が満開だよ。
  夜桜と洒落てみたいものだね )

古代でも夜桜を愛でる習慣があったようです。
三笠山は奈良東方の山で月が上ると西の佐紀山全山の夜桜が輝きます。
満月と桜。豪華かつ妖艶なまでの美しい光景です。

  『 二月、三月、四月、
  - 四月に入ると花が咲くやうに京都の町全体が咲き賑はった。
  祇園の夜桜、嵯峨の桜、その次に御室の八重桜が咲いた 』
                   (志賀直哉 暗夜行路より)


祇園の夜桜は篝火に照らされた円山公園の大枝垂桜。御室は仁和寺です。

  「 清水へ 祇園をよぎる 桜月夜
     こよひ逢ふ人 みなうつくしき 」 ( 与謝野晶子 みだれ髪 )


「 清水寺へ行こうと祇園をよぎる若い女の華やいだ身のこなし。
月に白く照らされた桜。宵の刻の薄闇。ぼんやりと浮き上がるすれ違う人たち。
京都の名所、桜、月夜が次々と眼前に展開する映像性が巧み。
優美さと柔らかく浮き立つ情感がみずみずしい」 (名歌名句辞典:三省堂)

桜月夜は晶子の造語、作者代表作の一つです。

「 花見にと 群れつつ人の 来るのみぞ
   あたら桜の とがにはありける 」   西行 山家集


( 花見の客が大勢押し寄せてきて騒々しいな!
 これもこの寺の桜のせいだよ )

西行は出家したのち、しばらく京都の大原院勝持寺に居たと伝えられています。
全山桜で覆われた花の寺です。

「 ひとり静かに暮らそうとしているのに、大勢の花見客が来てうるさいなぁ。
これも桜のせいだ」と苛立たしい気持を詠っています。
まだ若い頃なので修行が至らなかったのでしょうか。
 
後に世阿弥はこの西行の歌を主題にした能を作曲しました。

『 「西行桜」の能は、老木の精が現れて、「あたら桜の科(とが)」とは心ない仰せである。
 「無心に咲いている花には罪はないものを」と恨みを述べる。
 シテは桜の精、ワキが西行で、花見の人々(ワキズレ)が庵室をおとずれ、
迷惑に思った西行が上の歌を口ずさむ場面にはじまる。

やがて夜になって一同が寝静まった後、山の中から老木の桜の精が現れ、
しきりに怨みごとをいうが、最後に西行の知遇を得たことに感謝して
暁の光とともに消えてゆく。』  
  ( 白州正子 西行 新潮社より要約抜粋)

  「 待てしばし 待てしばし 夜(よ)はまだ深きぞ 
  白むは花の影なり
  よそはまだ小倉の  山陰に残る夜桜の 
  花の枕の夢は覚めにけり 
  夢は覚めにけり 」       ( 西行桜 )


( しばらくお待ちなさい。しばらくお待ちなさい。夜はまだ深いですよ。
 夜が白んだと見たのは、桜の花の姿だったのだ。
よそはまだ暗いのに、小倉山の山陰に咲き残る夜桜の花のもとでの
仮寝の夢は覚めてしまった)

『 春の夜の夢の中に桜の精と西行が一つにとけあって花の賛美を奏でている
ように見える。
(世阿弥は西行が) 桜の花を愛し、桜の中に没入しきった人間の、無我の境地を
描きたかったのではあるまいか。』    ( 白州正子 同上 )

「 夜桜や うらわかき月 本郷に 」   石田波郷
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by uqrx74fd | 2010-04-04 20:09 | 生活

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