万葉集その二百六十九(橘の花)

「 君睡(ぬ)れば 灯(ひ)の照るかぎり しづやかに
        夜は匂ふなり たちばなの花 」    若山牧水


新緑から初夏へと移る頃、橘は白い五弁の花を咲かせます。
花の間から流れでる芳しい香りはあたりを漂い、「それは昔の人の匂い」と詠った
古の人を思い起こさせるようです。

万葉集に詠われる橘は69首、そのうち62首までが花橘。
万葉人はこの花を純潔の象徴として愛し、冬でも枯れない常緑の葉と輝くような
大粒の実に永遠の生命力を見出していました。

「 橘のにほへる香かも ほととぎす
   鳴く夜の雨に うつろひぬらむ 」    巻17-3916 大伴家持


( 雨の中をホトトギスが鳴いています。都の橘は今が盛りなのに、
 あの芳しい香りはもう消え失せてしまっていることであろうか)

この歌が詠まれた当時(744年)、都は久邇(京都府相楽郡加茂町)にあり、
橘が多く植えられていたようです。

作者は休暇で家族が住む奈良に戻っており、都の橘の香りは雨に打たれて
盛りを過ぎてしまっただろうかと思いやっています。
花ではなく香りを詠った万葉集の中でも希少な一首。

「 五月山(さつきやま) 花橘にほととぎす
   隠(こも)らふ時に 逢へる君かも 」 巻10-1980 作者未詳


( 時は五月。山に咲く橘にホトトギスが隠れて鳴いています。
 そのホトトギスのように私も家に引きこもっている時、思いがけなく
 貴方様が私に逢いに来て下さいました。うれしい! )

恋する女性が相手のことを想いながら、家でふさいでいました。
その時を見計らったように、ひょっこりと来てくれた男。
思わず嬉しさがこみ上げ、歓声を上げる初心(うぶ)な乙女です。
万葉人の美しい造語「花橘」。

「 橘の花散る里に通ひなば
    山ほととぎす 響(とよ)もさむかも 」 巻10-1978 作者未詳


( 橘の花が散る里に私が通ったならば、山のホトトギスが声高に鳴きたてるだろうか)

ホトトギスの声を聞きながら花橘を愛でる宴会の席での歌と思われますが、
「女のもと(花散る里)に頻繁に通ったら、世間の噂(山ホトトギス)が
うるさかろう(響もす)なぁ」との意がこもる歌です。

この「花散る里」という言葉はその後多くの人に好まれ、源氏物語さらには
近代にまで引き継がれてゆきます。

「 橘の香をなつかしみ ほととぎす
   花散る里をたずねてぞ訪(と)ふ 」   源氏物語 (花散る里)


( 橘の香りが懐かしいとホトトギスガ訪れています、
  私も過ぎにし日を懐かしく想い、この花散る里、あなたのお屋敷を
  探し訪ねてまいりました。)

「 夏はなほ 哀(あわれ)はふかし橘の
    花散る里に 家居(いえい)せしより 」    藤原俊成


『 ( 春は花、秋は月、冬は雪というが夏は暑くて何のとりえもないと
   思っていた。
   でも橘の花散る里にしばらく住んでから夏もいいものに思える。)

  花散る里は光源氏の恋人、花散る里の君の邸(やしき)。
  源氏物語の世界に迷い込んだ気分 』
                    (訳文、解説共 長谷川櫂 四季の歌2 中公新書)

「 都辺は 埃(ちり)立ちさわぐ 橘の
     花散る里に いざ行きて寝む 」      正岡子規

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by uqrx74fd | 2010-05-30 09:22 | 植物

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