万葉集その二百七十(とき)

『 古くは「とき」は常とは違う日のことを意味した。
流れる時間ではなく、特別な時点である。
法事の際、お坊さんにあげる食事を斎(とき)というのも、同根であるらしい。
古代中国でも「時」の文字は「止」と同義と白川静「字統」にある。
だが万葉の時代にはもう「時」は時刻も意味し多様だった。

時間というもの自体一筋縄ではいかない。
流れて止まぬとき、循環するとき。
大事なとき、長いとき、短いとき、暦のとき、一日のとき。 』
               (天文歳時記、海部宣男 角川選書)

「 時々(ときどき)の花は咲けども 何すれぞ
   母とふ花の 咲き出来(でこ)ずけむ 」 巻20-4323 丈部真麻呂


(はせつかべの ままろ: 静岡県磐田市から袋井市にかけての山名の郡の防人)

( 旅の間、四季折々の花は美しく咲いて目を楽しませてくれたのに、
  どうして母と言う花が咲き出てこなかったのだろう )

作者は防人として徴集され、陸路、集合地である難波に向かいました。
徒歩での長い旅です。
野宿をしながらようやく目的地に到着し、これからさらに海路、筑紫あるいは
壱岐、対馬に向かいます。
「再び故郷の地を踏む事が出来るのだろうか」という不安。
そして瞼に浮かぶ懐かしい母親の面影。

「 来(こ)むと云ふも 来ぬ時あるを 来じと云ふを
   来むとは待たじ 来じと云ふものを 」
                     巻4-527 大伴坂上郎女


( あなたさまは、来るといって来ない時があるのに、
 まして来ないとおっしゃっているのに、もしや万一いらっしゃるなんて
 思いもしますまい。
 だって来ないとおっしゃっているのだから。)
 
才色兼備の作者は、恋多き女性でもありました。
うら若き乙女の時代には天武天皇の子、穂積皇子の寵愛を受け、715年20歳位の時に
死別します。
その後、藤原不比等の第4子藤原麻呂に愛され、721年には異母兄大伴宿禰麻呂と結婚。
この歌は藤原麻呂に求愛された時の戯れ歌ですが、待ちきれない想い、男に甘えて
拗ねている女心が秘められているようです。

「時分の花、誠の花」

能の奥義を説く世阿弥の「花伝書」での言葉です。

曰く、『 「花」とは能の命、舞台で一番のみせどころ、観客に感動を与えるところである。
しかしながらその花には時分の花と誠の花がある。
「時分の花」は若いときに容姿が美しく可愛い、あるいは声が良いことなどで、
未熟なものでも人を感動させることができる。
しかしそれは一時的なもので、やがては衰える。

それに比して「誠の花」は長年鍛え上げられた本物の花。
中年になっても、老年になっても消えない花、
芸の底から出てくる奥に秘められ自然に匂い出てくる花である 』

継続は力なり。
何事も本物を目指して日々鍛錬せよと叱咤奨励されているようです。

「 時の日の 鐘鳴らしゐる野寺かな 」 青木 月斗

6月10日は時の記念日。
昔の時刻については下記をご参照下さい。

ご参考:  万葉集その六十一(時の記念日)

671年、我国最初の公式時刻を告げる太鼓の音が都中に響き渡りました。
天智天皇が漏刻(ろうこく)という水時計を設置して、役人の時間管理を徹底されたのです。
日本書紀によると4月25日のことで今の暦では6月10日にあたることから大正9年、
この日が「時の記念日」と定められました。

時刻を司る役所は陰陽寮といい、二人の漏刻博士が二十人の時守を率いて
二十四時間体制で水時計の管理をしていたそうです。
当時は一日を十二等分して一単位を時とし(今の二時間)、さらに時を四等分して
刻と呼び、時間の経過と共にそれぞれ定められた数の太鼓や鐘を打ち鳴らしたのです。

「 時守が 打ち鳴(な)す鼓(つづみ) 数(よ)みみれば
   時にはなりぬ 逢はなくもあやし 」 巻11の2641 (作者未詳)


( 時守が打ち鳴らす太鼓の音を数えてみると、あの方が見えるという時間がとっくに
 過ぎてしまっています。もうあの方はいらっしゃらないのでしょうか。
 おかしいですね。一体どうなさったのでしょう )

当時はお寺でも「時香盤」という用具を用いて香の燃え具合で時刻を測り、役所とは 
異なる音色の鐘を撞いていました。

「 皆人(みなひと)は 寝よとの鐘を打つなれど
    君おし思へば 寝(い)ねかてぬかも 」 巻4の607 笠郎女 


( もう亥の刻(午後十時)。「お休みの時間ですよ」と鐘の打つ音が聞こえます。
でも、あなたのことを想うと眠ろうにも益々目が冴えてとても眠れませんわ)

それにしても二十四時中、三十分ごとに太鼓や鐘の音が鳴り響き、さらに寺の鐘まで
加わるのですから、都の人達はさぞかし大変だったことでしょう。
まして「大伴家持との恋に悩む笠郎女は」と人ごとながらも同情いたしたくなります。

  「 時の記念日 知らずに咲いて 時計草 」 轡田 進

註:「漏刻」
階段状の箱の最上段に水を貯め、その箱の小穴から序々に下の箱に水を漏らして
最後の箱の水が一定の量に到達した時、目盛りが持ち上がって時刻を知らせる仕組み
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by uqrx74fd | 2010-06-06 20:01 | 生活

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