万葉集その二百七十四(六義園は紀の国の箱庭)

「六義園 元禄の亀 鳴けりけり」 鈴木栄子

六義園(りくぎえん;東京都文京区) は徳川五代将軍綱吉の側用人として寵愛された
川越藩主、柳沢吉保が1702年に築造した回遊式築山泉水庭園です。

古典文学に造詣が深かった吉保は、「万葉集」や「古今集」などの歌の世界から
ゆかりの名勝を選び、園内に八十八景をちりばめて作庭したもので、完成までに
7年の歳月を要したそうです。

約2万7千坪の広大な庭の中心部は紀州の景勝である和歌の浦、藤白峠、妹背の山、
紀ノ川が配置されており、さながら和歌の庭 。

枝垂れ桜の大木が立つ六義園の入口、内庭大門を通り、少し歩くと大泉水(池)。
そこには海や川を想定した和歌の浦、紀ノ川が映し出され、左手に蓬莱島が浮かび、
右手の築山には妹山、背山が可愛らしく乗っています。

「 我妹子(わぎもこ)に 我が恋ひ行けば羨(とも)しくも
    並び居るかも 妹と背の山 」  巻7-1210 作者未詳


(家に残してきた いとしいあの子に恋焦がれながら旅していくと、
 羨ましくも妹の山、背の山が仲良く並び立っていることよ。 )


「人にあらば 母が愛子(まなご)ぞ あさもよし
   紀の川の辺の 妹と背の山 」 巻7-1209 作者未詳


( あの紀の川辺に立つ妹山と背中の山がもし人ならば、
  母にとっては最愛の子供たちだよな。  )

あさもよし:枕詞 麻裳(あさも:麻の衣類)で有名な の意を含む
妹の山、背の山を夫婦とみた前の歌に対し、これは兄妹と解しています。
作者は独身だったのでしょうか。

紀の国は大和の人の憧れの海の国、湯の国でした。
浮き立つような気分で旅する人たち。妹山、背山のおだやかな山容。
その脇を滔々と流れる紀ノ川は奈良県の大台ケ原山と吉野の山地を水源とする
吉野川で、和歌山県に入って紀ノ川とよばれます。

庭園を回遊しながら瀧見の茶屋、千鳥橋、吹山茶屋、つつじ茶屋、藤浪橋と
優雅な名前の名所を巡り、やがて蛛道(ささかにのみち)に至ります。

「 わが背子が来べき宵なり ささがにの
   蜘蛛のふるまひ かねてしるしも 」 
                 衣通姫(そとおりひめ)   古今和歌集
 

( 今宵はきっとわが背の君がいらして下さいますよ。ほら御覧なさい。
  蜘蛛がこんなにせわしげに動いて、そのことを教えてくれているんですもの。)

作者は允恭(いんぎょう)天皇の妃で、その美しさが光となって衣を通すというので
その名があるそうです。
「ささがに」は蜘蛛の古名で、古代では蜘蛛が活発に動くのは待ち人が来る前兆と
考えられていました。
「 細長いこの道が蜘蛛の糸に似ているので、和歌の道の長く続くことを
 思い合わせて名付られた」そうです。

森で囲まれた涼やかな道を歩いてゆくとやがて小高い丘。
標高35mの藤代峠です。
頂は富士見山とよばれ、そこから素晴らしい庭園の全景を眺望することができます。

「 藤白の 御坂(みさか)を越ゆと白袴(しろたへ)の
   我が衣手は 濡れにけるかも 」 
                      巻9-1675 柿本人麻呂歌集


( 藤白の坂を越えているうちに、私の着物の袖は山の雫に
すっかり濡れてしまったよ。)

紀の国から大和への帰路での歌です。
一行は坂の草露にも汗にも濡れたのでしょう。

この峠は659年謀反の罪に問われた有馬皇子が絞殺された所でもありました。
『 40年前のその悲しい事件を「わが衣手」が「雫」に「濡れる」ことを背後に
意識しながら作者は山を越えているのであろう』 (伊藤博)
『表面は単なる旅情の形にし、皇子を悲しむ心をその旅情の溶かし込んでいる』
(窪田空穂)  一首です。

「 藤白の 落花を敷きて 皇子の墓 」   山口 超心鬼

紀伊本線海南駅から1㎞ほど南にある藤白神社の近くに藤白峠へ登り口があり、
その途中に皇子の墓と歌碑があります。
藤白坂はかなり急な山道で古の人たちもさぞ大変だったことと偲ばれます。
やがて頂上。黒牛潟、名高の浦、和歌の浦の眺望はまさに絶景。
古人の歓喜の声が聞こえてくるようです。

「 浜木綿(はまゆふ)や 南紀の海に 落つる日を」   黒米松 青子

ご参考:

「六義」とは中国の詩経に由来する詩の分類法です。
紀貫之はそれを和歌の分類に転用し、古今和歌集の「かな序文」に
「そもそも歌のさま六つなり。漢詩(からうた)にもかくぞあるべき」と述べ、
次のように分類しました。なお、漢字の部分は詩経のものです。

「風」 そへ歌:地方の民謡ともいうべきもの
「賦」 数え歌:心に感じたことをそのまま述べるもの
「比」 なずらえ歌:類似のものを取り立てそれにたとえるもの
「興」 たとえ歌:外物にふれて感想を歌うもの
「雅」 ただごと歌:朝廷の雅歌のようなもの
「頌」 いはひ歌:祭祀に用いる壽詞に類するもの
                                         以上
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by uqrx74fd | 2010-07-04 20:11 | 万葉の旅

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