万葉集その二百七十七(立つ波、騒く波)

「 海恋し 潮の遠鳴りかぞへては
    をとめとなりし 父母の家 」   与謝野晶子 恋衣


            ※ 晶子の生家は堺市甲斐町にあった菓子商「駿河屋」

「 ゴロ ゴロ.ゴー.ゴゴゴゴ 」
海辺は穏やかなのに遠くから雷のような音。
彼方の空は雲が垂れ込みはじめているようです。
沖合いでは風が吹き、波も高くなっているのでしょう。

古来から海鳴りは台風や津波が押し寄せてくる前兆とされてきました。
海辺を磯伝いに歩いていた旅人は慌てて険しい山路に進路を変更します。

「 あしひきの山道(やまじ)は行かむ 風吹けば
    波の塞(ささ)ふる 海道(うみぢ)は行かじ」 

                      巻13-3338 作者未詳


( 山道を行こう。 
  風が吹き波が前途に立ちはだかる海の道は怖いよ )

作者は海の恐ろしさを身にしみて経験してきたのでしょう。
磯伝いに歩く海辺の道は津波のほか崖崩れの危険も多くありました。

漁師達も慌てて船を引き返し、岸に向かって必死に櫂を漕ぎます。

「 風早の 三穂の浦みを 漕ぐ舟の
   舟人騒く 波立つらしも 」 巻7-1228 作者未詳


(  風早の三穂の浦あたりを漕いでいる舟、その舟人たちが大声を上げて
  動き回っている。
  どうやら波が立ち始めたらしい。)

三穂の浦:和歌山県日高郡美浜町三尾付近。 
一見穏やかに見える海も、沖では荒々しい力をみなぎらせています。
このあたりは、一旦風が吹き出せばその激しさは凄まじいところ。
舟人のきびきびした動きが目に浮かぶような一首です。

旅人を乗せた船は近くの港に避難し、天候が回復するまで動けません。

「 粟島(あはしま)へ 漕ぎわたらむと 思へども
      明石の門波(となみ) いまだ騒(さわ)けり 」 

                     巻7-1207 作者未詳


( 粟島に漕ぎ渡ろうと思うけれど、明石の瀬戸の波は行く手を阻んで
  いまだに立ち騒いでいる。)

「粟島」は淡路島付近にあった島と思われます。
「明石の門波」は明石海峡に立つ波 「門」はここでは狭い通路の意。

難波から明石海峡まで30㎞。瀬戸内海、九州への旅の最初の関門です。
当時の船は底の浅い木造船で、人力あるいは帆走によって時速10㎞の
海峡を越えなければなりません。
穏やかな時でさえ潮流が早く危険な海峡。
荒天ではなすすべもなく、天候が回復するまで何日も滞在することになります。

 当時の港には遊女も多く、「滞在もまた楽しからずや」だったようです。

「 また湊(みなと)へ舟が入るやろう 
  空櫓(からろ)の音がころりからりと」  (閑吟集)


『 櫓を水に浅く入れて漕ぐのが空櫓。
  「ころりからり」とは涼しげな音
 港に入ってくる船には男たちが乗っている。
 その男たちがまた舟で去ってゆくだろう。
 「ころりからり」の音を残して。
 その音を聞きながら、もの思いにふける遠い昔の女』
                      (長谷川 櫂)

「 紀伊の海の 名高の浦に寄する波
     音高(おとだか)きかも 逢はぬ子ゆゑに 」 
                       巻11-2730 作者未詳


( 紀伊の「名高」(和歌山県海南市)海岸にうち寄せる波。
 その波音が高いように、俺達の噂が何と高いことか。
 相手はまだ大して逢ってもいない子なのに )

「名高の浦」はきめ細かな美しい白砂で都にも知られていたようです。
その名のように自分の浮名も高いとぼやいた歌ですが、言葉遊びをしながら
楽しんでいる余裕の作者です。

「潮騒、白波、さざれ波、沖つ波、荒波、夕波、千重波(ちえなみ)、
五百波(いおえなみ) たゆたふ波、雲の波、浦波、風波、騒く波、等々。」

万葉集に使われている波の名前です。
静かな心地よい波、美しい波、そして恐ろしい波。
その表現の豊かさ、観察の細やかさ。
古代の人にとっては文学的な表現というよりも生活に密着した言葉だったのでしょう。

「 ふるさとの 潮の遠音(とおね)のわが胸に 
    ひびくをおぼゆ 初夏(はつなつ)の雲 」  与謝野晶子 舞姫


                                 遠音:遠鳴り
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by uqrx74fd | 2010-07-24 19:58 | 自然

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