万葉集その二百七十九(初秋風)

『 暦の上の立秋の後先、まだ夏が衰へ初めたとも見えない とある八月の日の、
 朝か夕の思はぬ時に、ふと、その年の初の秋風を肌が感ずる。 - -

 まだ夏のさかりに早くも一息吹いて来る その秋風。
ぬれた髪のやうな冷やかな手で、つと頬を撫で去るのみで
後はまた夏らしい微風が渡ってゐる その秋風。

しかし 私の心が 今のひと吹きは今年最初の秋風だった。- -

夏にやうやく萎へそめた青草の呼吸の感じられる そのひと吹き。
今宵より野にすだく虫の やうやくしげく、
夜露やうやう深まさるだらうと思はれる そのひと息。- - 』

                ( 堀口大学 初の秋風 作品社:「日本の名随筆所収」)

「 初秋風 涼しき夕(ゆうへ) 解かむとぞ
   紐は結びし 妹に逢はむため 」   巻20-4306 大伴家持


( 初秋風、涼しい風が吹く来年の七夕に再び逢い、着物の紐を解こうと
 誓いながらお互いに結びあったのだったなぁ。
 ようやく一年が経ちその日がやってきたよ )

難波に単身赴任中の作者が天の川を仰いで詠んだ一首です。

当時の人々は別れの際にお互いの衣服の紐をしっかり結び合っておけば
再び思う人に逢えると信じていました。
牽牛の待ちに待った喜びを詠ったものですが、作者自身、妻にまもなく逢えるという
気持も込めているのでしょう。

「初秋風」は大伴家持の造語。万葉集中この一例のみ。

「 我がやどの 萩の末(うれ)長し 秋風の
   吹きなむ時に 咲かむと思ひて 』      巻10-2109 作者未詳


( 我家の庭先の萩が枝先を伸ばしています。
 秋風が吹いたら早速咲こうと思って待っているのだろう。 )

「萩の末(うれ)」の原文は「若末」で、若く伸びた枝先。
萩が咲くのを待ちかねている思いを初秋風に託している作者です。

「 古衣 打棄(うつ)る人は 秋風の
    立ちくるときに 物思(ものも)うふものぞ 」  
                      巻11-2626 作者未詳


( 古い衣をうち捨てるように恋人を捨てた人は、秋風が吹きはじめる時に
 わびしい思いをするものですよ )

つれなくなった男を咎める女の歌のようです。
古衣は長らく連れ添った糟糠の妻をさしているのかもしれません。
とすれば男に新しい愛人が出来たのでしょうか?

秋風が立つ時期は、物思う、ひたぶるに うら悲しい季節という感覚を
万葉人が既に持っていたことを窺わせる一首です。

「 人の心の 秋の初風 
  告げ顔の
  軒端(のきば)の萩も 恨めし 」     閑吟集


( あの人はわたしに飽きたのか、姿も見せない。
 軒端の萩が「秋の初風が吹いたよ」と知らせるように
 揺れているのも恨めしいこと )

「秋風の秋」に「飽き」を、「軒端」の「軒」に(男が)「退き」を掛けた女の心。

「 明日香風、浜風、朝風、神風、港風、伊香保風、川風、浦風、春風、山風、
時つ風、佐保風、花風、港風、沖つ風、松風、比良山風、家風、朝東風(あさこち)、
泊瀬風(はつせかぜ)、あらしの風、そして秋風。」

万葉集使われている風の名前です。
万葉人は何故このように風の名前を使い分けたのでしょうか。
単なる詩的興趣からなのでしょうか。

大岡信氏は日本人の風に対する感覚について以下のように述べておられます。

『 秋の最初の使者としての風。そこにゆらいでいる時間の流れ。- -
 日本人は秋季に限らず、季節の節目節目をまず敏感に感じ取らせるものとして
 風をたえず意識してきた。
 おそらくこれは四方を海で囲まれ、気象条件によって支配されている島国に住む
 民族として、日本人が農耕、漁撈いずれにせよ、風雨によって生活を根本的に
 左右されてきたということと無縁ではあるまい。

 春風によって芽ぶいた植物も、収穫期に嵐に遭(あ)えば一年の苦労は無と化してしまう。
 一見単純なリズムを刻んでいるかのような季節の中にも、人間の生命をおびやかす
 要素はさまざまにあった。

 古来の日本の詩人たちはそれらの最も微妙なあらわれとして、風に注目した
 ものだともいえるだろう。
 「初風」という一語をとってみても、風が吹きはじめるその瞬間に対して
 心をとぎすましている人々の、心の姿勢を見ることができるのである。 』

              ( 大岡信 名句歌ごよみ:秋 より要約抜粋  角川文庫 )

「 山聳え 川流れたり 秋の風 」   蓼太(りょうた:江戸中期の俳人)
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by uqrx74fd | 2010-08-08 08:09 | 自然

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