万葉集その二百八十三(粟は五穀の王)

「 山畑の 粟(あわ)の稔りの 早きかな 」   高濱虚子

「あわ」の原種は「エノコログサ」とされ、夏になると茎の先につく花穂が子犬の尾に
似ているのでその名があります。
原産地はインド北部から中央アジア。
ユーラシア大陸で栽培化されたものが中国に伝播したのが紀元前2700年頃で、
我国へは縄文時代に朝鮮を経て入り、稲が伝来するまで主食とされていました。

715年元正天皇は「粟は長年の間人々の生活を支える中心であり、色々な穀物の中でも
最もすぐれたものである。
納税に粟を納めたいというものがおればこれをゆるせ」と命じています。(続日本紀)

我国最初の漢和辞典「倭名類聚鈔(わみょうるいじゅしょう):平安時代」にも
五穀として「粟、黍(キビ)豆、麦、稲」があげられ、粟は五穀の筆頭とされていました。


「 ちはやぶる 神の社(やしろ)し なかりせば
   春日の野辺に 粟蒔かましを 」    巻3-404 娘子(をとめ)


 ( あの怖い神の社さえなかったら、春日の野辺に粟をまきましょうに。
  そして、その野辺であなたとお逢いしたいものですが、残念ですね。 )

「ちはやぶる」は荒々しい、恐ろしいの意で神の枕詞
「粟まく」は「粟をまく」と「逢はまく」を掛けています。

この歌は、遊女と思われる娘子が佐伯赤麻呂という人物から共寝を誘われ、
「貴方様には怖い奥さん(神の社)がいらっしゃるのでお断りよ」と答えた
宴席での戯れのようです。

神の社は春日大社で藤原氏の氏神、そこには春日野という広大な神域があり、
粟畑に適した野が展開していたのでしょう。

「 春日野に 粟蒔けりせば 鹿(しし)待ちに
   継(つ)ぎて行(ゆ)かましを 社(やしろ)し恨めし 」 
                            巻3-405 佐伯赤麻呂

( 貴女が春日野に粟を蒔いたなら、それを食べに来る鹿を狙いに毎日でも
行きたいと思うが- -。
  それにしても、そこに恐ろしい神の社があるとは恨めしいことよ。)

鹿は娘子をさします。
娘が「貴方の奥さんが怖い」と言ったのでそれを逆用して
「あなたこそ愛人がいるのでしょう。もしあなたに会う気があるのなら
俺はいつでも逢いにいきますよ」と中年男の旺盛な求愛。

「 我が祭る 神にはあらず ますらをに
   憑(つ)きたる神ぞ よく祭るべし 」    巻3-406 娘子


( 社と申しましても私の祭る神のことではないのですよ。赤麻呂さん。
 立派な「ますらお」であるあなたに寄りついた神様のことです。
 せいぜい奥様を大切にお守りなさいませ。 )

見事にふられた赤麻呂です。

「 山中を 行く道の辺の 粟畑
         黄色になりて 夏ふけにけり 」   佐藤佐太郎


粟は痩せた土地や寒冷地でも良く育ち、澱粉、蛋白質、ビタミンB1,B2を含み、
しかも、保存性がよいので明治40年頃までは20万ヘクタール以上の栽培面積を
誇っていましたが、稲作技術の向上により米の生産量が増えると急速に減少し、
現在では九州と東北地方の一部でわずかに生産されているのみです。


粟には「うるち種」と「もち種」があり、「うるち種」は、飯に混ぜて炊いたり、
粟おこしに、「もち種」は、だんご、粟餅、粟饅頭、水飴、泡盛(酒)などに
使い分けられています。

『 神田連雀町の「竹むら」へ行くと戦前の東京の汁粉屋のおもかげが
まだいくらか名残をとどめていて、私にはそれがうれしく、なつかしい。
椅子席の他に入れ込み座敷があり、ここへ座って酒後に粟ぜんざいを
口にするにはなかなかよい。
酒後の甘味は躰(からだ)に毒だというが、酒のみにはこの甘味が
たまらないのだ。』
                 
 ( 池波正太郎 散歩のとき何か食べたくなって 新潮文庫 )

「 粟稗(あわひえ)に まずしくもなし 草の庵 」 芭蕉
[PR]

by uqrx74fd | 2010-09-04 19:41 | 植物

<< 万葉集その二百八十四(むろの木...    万葉集その二百八十二 (明石海峡) >>