万葉集その二百八十九(しがらみ)

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                                   (奈良大仏池)
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                              ( 日本歴史図録:柏書房より)

「 今朝(けさ)は昨日より一段と紅(くれない)が濃くなった。 
  奥山を分け入ってゆくと、谷川に紅葉がはらはらと散り、「しがらみ」を
  なしている。
  川の流れを淀ませている紅葉の何と雅やかなことよ!
  馬を乗り入れて渡れば折角の美しい錦も台無しになってしまうだろう。
  急ぐ事は無い。各々がた。まずはこの木蔭の下で一服。
  この素晴らしい風景を愛でながら一献傾けようぞ。 」

  「 朝(あした)の原は昨日より 色深き紅を 分け行く方の山深み
    げにや谷川に 風のかけたるしがらみは 流れもやらぬもみじ葉を
    渡らば錦中絶えんと まずは木(こ)の本に立ち寄りて 四方の梢を眺めて
    暫く休みたまへや 」      ( 謡曲 紅葉狩より)


「しがらみ」とは「からみつかせる」という意の動詞「しがらむ」が変化した
言葉とされています。
今日では、「あいつとは色々しがらみがあってね」などと使われていますが、
元々は「川の流れを塞き止めるための装置」をいいました。

昔の人々は川の中に杭を打ち、横に竹や柴を渡して結んで水を塞き止め、
生活用水を汲み、洗濯、あるいは畑や田の灌漑用に分流させたりしていました。
水道などない時代「しがらみ」は生活に欠かせない必需の設備だったのです。

 歌の世界では恋の障害になる物として多く詠われています。

「 明日香川 瀬々の玉藻は生ひたれど
    しがらみあれば 靡きあはなくに 」 巻7-1380 作者未詳


( 明日香の瀬ごとに美しい藻が生えているけれど、しがらみが設けてあるので
 靡きあう様子が見られないなぁ。)

川の流れが淀んでいて藻が靡いている美しい光景が見られないと嘆いた歌ですが
相思相愛の仲なのに結ばれない男女を第三者が同情したものという解釈もあります。

すなわち、 「瀬々に玉藻は生ふ」は相思相愛の関係にある男女、
「しがらみ」その男女の仲をさえぎるもの(世間、親)、
「靡きあう」男女が一緒になること

を譬えているとするものです。なお、玉藻は藻の美称。

「 我妹子(わぎもこ)に 我(あ)が恋ふらくは 水ならば
   しがらみ越えて 行くべくぞ思う 」 巻11-2709 作者未詳


( もし俺が水であったならば、しがらみさえも乗り越えていくように
 万難を排してあの子を得るまで求め続けるぞ。 )
 
水が「しがらみ」で塞がれて淀み、越えてゆくのを見て、男はどのような妨害も
乗り越えて突き進むぞという決意を詠っています。
この歌には『 ある本に「相思はぬ 人を思はく」の発句あり』と記されているので、
「片思いの恋。でも、乗り越えてゆくぞ」という意も含まれているようです。

「 玉藻刈る ゐでのしがらみ 薄みかも
    恋の淀める 我(あ)が心かも 」  
               巻11-2721 作者未詳


( 井堰(いぜき)のしがらみが薄くて水を塞き止める力が弱いように、
自分達の恋の妨げになるものはないのに一向に燃え上がらない。
一体どうしたことだろう。俺はあの子を好きではないのかなぁ。

「二人の間に大きな障害物があればもっと心が沸き立つのに」という贅沢な悩み。
「相聞でこのように醒めた心境を詠うものは珍しい(伊藤博)」一首です

「しがらみ」という言葉は後に大いに好まれ、風、雲、袖、花などと組み合わせて
詠われるようになります。

冒頭の謡曲「紅葉狩」は下記の歌を元にして作曲されています。

「 山川(やまがわ)に 風のかけたるしがらみは
     流れもあへぬ 紅葉なりけり 」
                 春道列樹(はるみちのつらき)  古今和歌集 、百人一首


( 山の中を流れる川に人ならぬ風が掛けたしがらみは
 流れようとしても流れきれないで、とどこおっている紅葉であることよ)

京都市北白川から滋賀県へ越える山道で詠まれた一首です。
紅葉が重なり落ち、自然にしがらみの役割を果たしているという意で
紅葉が多いことを暗示するとともに川の白波との色彩の配合まで考えた歌とされています。

『 山中の細く速い流れ、所々にあがる白い飛沫がより澄み切った水の清さを伝え、
散り落ちたもみじ葉は洗われて、紅く濃くその色を鮮やかに浮かび上がらせる。
時折吹き抜けてゆく山風の乾いた音と、せかれては行く水音が紅葉の色彩とともに、
晩秋の山の静けさをより一層深める。 』
                       ( 井上宗雄 百人一首を楽しくよむ 笠間書院)

「 咽喉(のど)すじに 骨のかけたるしがらみは
     のみこそあへぬ 紅葉ぶなかな 」    狂歌 


 秋にひれが赤くなる琵琶湖名産の鮒を食べたところ小骨が喉に引っかかり
 目を白黒しているさまを、おどけと自嘲混じりに詠ったもの。
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by uqrx74fd | 2010-10-18 06:36 | 生活

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