万葉集その三百十一(鎮魂)

( 芝、増上寺にて )
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( 奈良 明日香稲淵の棚田にて )
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平安時代も終わりにさしかかる1185年、都で大地震が発生しました。
鴨長明はその凄惨な様子を「ゆく河の流れは絶えずして しかも もとの水にあらず」の
名文ではじまる「方丈記」で詳細に述べています。
以下はその一部を抜粋したものです。

「 おびただしく大地震(おほなゐ)ふること侍(はべ)りき。
  そのさま、よのつねならず。
  山はくずれて河を埋(うづ)み、 海は傾(かたぶ)きて陸地(ろくじ)をひたせり。
  土裂け水湧き出で、巌割れて谷にまろびいる。

  なぎさ漕ぐ船は波にただよひ、道行く馬はあしの立ちどをまどわす。
  都のほとりには在々所々、堂舎塔廟(どうしゃたふめふ)一つとして全(また)からず。
  或はくずれ、或はたふれぬ。
  塵灰(ちりはい)たちのぼりて、盛りなる煙のごとし。

  地の動き、家のやぶるる音、雷(いかづち)にことならず。
  家の内におれば、たちまちひしげなんとす。
  走り出づれば地割れ裂く。
  恐れのなかに恐るべかりけるは、ただ地震(なゐ)なりけりとこそ覚えはべりしか。」

(語句解釈)

「海は傾きて」: 津波がおしよせて 
「巌割れて谷にまろび入る」:がけ崩れがおきる
「馬の足の立ちどをまどはす」:馬が足の踏み場に迷った
「堂舎塔廟(どうしゃたふめふ)」: 堂や塔 
「ひしげなんとす」:押しつぶされそうになる

なんと今回の東北大地震と似た様相であることか。
その死者4万2千万3百余であったと伝えています。
万葉の時代にも天変地異が多くあり、安否の判断を空模様に頼るしかない
人々にとって地震や津波の恐ろしさは切実なものであったことでしょう。

「 沖つ波 来寄する荒磯(ありそ)を 敷袴(しきたへ)の
    枕とまきて 寝(な)せる君かも 」
              巻2-222 柿本人麻呂


( 沖つ波がしきりに寄せてくる荒磯。
 なんと! まぁ、お気の毒に!
 磯を枕にして横たわっておられることよ )

作者は讃岐の国、那珂(なか)の港(丸亀市)を出てから間もなく突風に襲われ、
  命からがら沙弥(さみ)島に漕ぎついたところ、岩床に臥す死人に出会ったようです。
航海中、沖の方で津波とも思われる「うねり波」が立ち、その恐ろしさに
おののいて、櫂も折れんばかりに漕ぎまくって、ようやく湊にたどり着いたところに
遭難者。

行き倒れが多かった古代、亡き人に遭遇した時は、懇ろにその魂を鎮めて
その死を悼み、あわせて自らの行路の安全を祈ることを習いとしていました。
この場合も長歌と短歌二首で構成されており、作者の深い悲しみと弔意を
格調高く詠っております。

「 母父(おもちち)も 妻も子どもも 高々に
   来むと待つらむ 人の悲しさ 」
            巻13-3340 調使首(つきのおみのおびと)


( 母も父も子どもも 今頃はもう帰ってくるだろうと、首を長くして
 待っていることだろうに。
このように亡くなられて! そんな姿を見ると悲しくてなりません )

作者は渡来系の官人で、課税、徴収、運送、管理などに従事していたようです。
備後の国、神島(福山市西部)で遭難した死人に出会い、その家郷や家族のことを詠い
せめてその魂を鎮めて家郷に帰すべく祈った挽歌です。
挽歌とは葬儀のときに柩(ひつぎ)を挽く人が歌った歌の意です。

「あなた!お前!父さん!母さん!!子どもたち!祖父母!兄弟姉妹!愛する人!友人!」よ。
不慮の死に出会った方たちの嘆きと悲しみが切実に伝わってまいります。
今回の「東日本巨大地震」について山折哲雄氏は次のように述べておられます。
 
「 山はさけ 海はあせなむ 世なりとも
          君にふた心 わがあらめやも 」   

『 源実朝の歌だ。
鴨長明の同時代者でもあるが、政治のあつれきのなかで苦しみ
もがきぬいた若き将軍、その魂の憂悶のなかからしぼりだされた歌である。
いま私はあらためてこの和歌の調べを思いおこし、
この国に「二心わがあらめやも」と口ずさまずにはいられない。
たとえ、山は裂け、海はあせても、この国だけは残り続けてほしいと
願わずにはいられないのである。
         ( 筆者註:「海はあせなむ」=海が干し上がる
               「君」は直接的には後鳥羽上皇をさす  )
それにしても、こんどの惨事が引き起こした大量死と自然の猛威を前にして
ただ首(こうべ)を垂れるほかはない。
時々刻々の切迫した報道がまだつづく。
海に流された無数の「水漬く屍(かばね)」、山野に投げ出された無数の
 「草生す屍」から、その一人ひとりの魂が遊離し、飛翔して、
この国の山や森に鎮まることを祈らずにはいられないのである 』
              (2011年3月17日 読売新聞より一部抜粋)

「 山はさけ 海はあせなむ 世なりとも
        国にふた心 わがあらめやも 」 


「君」を「国」に置き換えたものです。
あるいは「民」と言い代えた方が良いかもしれません。
第二次大戦以来の未曾有の国難に際して、国のリーダは今こそ私心を捨て、
身命を賭して、この苦難に立ち向かうべき時であります。
間違っても「政権延命」などの「ふた心」があっては、亡国の道を歩むことに
なりましょう。
人命を救い、人々を苦難から解放し、世界に対して安全を約束し、
国家再建のビジョンを示す。

「ふた心」を持っていてはこのような大事業はなしえません。
そのためには、多くの人を信頼し、助けを借り、そして任せる。
決して自身のパフオーマンスであってはなりません。
「国破れて山河あり」
そして、一日も早く復興事業を成し遂げ、亡きひとたちの魂を
それぞれの美しい故郷に戻してあげようではありませんか。


    万葉集311( 鎮魂)  完 
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by uqrx74fd | 2011-03-20 17:11 | 生活

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