万葉集その三百十四(茜:あかね)

茜はアカネ科つる性多年草の植物で、その赤い根を茜染めの染料として用いていたので
その名があります。
本州、四国、九州に広く分布し、茎は4角形。
小形の逆棘(さかさとげ)があり、それを他のものに引っ掛けて成長し、秋には淡黄緑色の
小花を咲かせます。
魏志倭人伝によると「卑弥呼が魏の国に国産の錦や赤、青の絹布や麻布を献上した」と
あり、我が国の人は2世紀から3世紀にかけて赤い布を作る染色法を会得し、
その染料として茜や紅花を用いていたと推定されています。
万葉集での「あかね」の用例は13首。
すべて日、昼、紫、君等に掛る枕詞として用いられており、陽光が射すような
明るいイメージを出しています。

「 飯(いひ)食(は)めど うまくもあらず 往(い)ぬけれど 安くもあらず
  あかねさす 君が心し 忘れかねつも 」 
                     巻16-3857 作者未詳


( 家の中でご飯を食べても美味しくないし、外に出て道を歩いていても落ち着かない。
 立派な美々しい(あかねさす)あのお方の優しい心を、いつも忘れかねております。)

万葉集最短の長歌で、次のような詞書があります。

「 (橘諸兄の弟君)である佐為王の邸に小間使いの女性がいた。
  ( 筆者註: 多分新婚早々だったのでしょう)
  彼女は夜昼なく殿居(とのい=宿直) 勤めが多く、夫になかなか逢えない日が
  続いたので、恋しさが募り募って気持ちはふさぐばかり。
  ある宿勤めの夜、夢の中で夫の姿を見てはっと目が覚め、思わず手探りで
  抱きつこうとしましたが、手に触れることが出来ず、ただただ虚しく空を切るばかり。
  とうとう、たまらなくなって泣きじゃくり、大きな声を張り上げてこの歌を
  口ずさんだところ、たまたま主人がこのことを耳にされ、哀れに思い、
  以後ずっと宿直を免じたという 」

中国文学(遊仙窟:恋情物語)を下敷きにしたお話で、作者は山上憶良ではないかとも
いわれています。
ここでの「あかねさす」は単なる枕詞だけではなく夫を賛美する修辞語としての
役割を果たしています。

「 あかねさす 日並(な)べなくに 我(あ)が恋は
    吉野の川の 霧にたちつつ 」 
                巻6-916 車持千年(くるまもちちとせ)


( あの方が旅に出てまだそんなに日にちがたっていないのに、私のあの方への想いは
 吉野川の霧となって立ち上っております )

古代、恋の嘆きは霧となって立つという発想がありました。
立つ霧を背景として「あかね」を枕詞として使い、おぼろげな日光がさすような
色彩感を感じさせる一首です。

「 泊瀬(はつせ)の斎槻(ゆつき)が下に 我が隠せる妻
    あかねさし 照れる月夜(つくよ)に 人見てむかも 」 
                 巻11-2353 柿本人麻呂歌集(旋頭歌)


( 初瀬のこんもり茂る槻の木の下に私がひっそりと隠している妻。
その妻を明々と隈なく照らす月の夜に、人が見つけてしまうのではないだろうか )

槻(つき)は現在の欅(ケヤキ)です。
斎槻の下とは人がみだりに立ち入ってはならない清浄な区域であることを暗示しています。
初瀬は奈良県桜井市の初瀬川の流域、三輪山山麓あたりで古代から聖地とされていました。
「隠せる妻」に他人がみだりに手を触れてはいけない女性の意がこもります。
皓皓と輝く月光の下に浮かび上がる美女を想像させる一首ですが、野外での宴歌だった
かもしれません。

「 染色の山の麓や茜掘り 」 素丸 

茜染めは、鮮やかな緋色にするために高温に保った器で根を煮出し、触媒剤(灰)を
使い、厄介な副成分であるタンニンを取り除いて、さらに紫草や紅花と交染するという
複雑かつ高度な技術を要したため極めて貴重なものでした。
それ故、茜色の衣服の着用は親王、諸王の皇族に限られ、それ以下の身分のものには
禁色とされていました。

今日茜染めと称されているものはインド原産のセイヨウアカネで染めたもので、
エジプト、ペルシャなどで古代から染料として用いられ、我国の古代染めよりも
容易に染色出来そうです。

「 あじさゐの 藍のつゆけき花ありぬ
         ぬばたまの夜 あかねさす昼 」 佐藤佐太郎


( 藍色が滴り落ちんばかり紫陽花 夜も昼もあらんかぎりの命で咲いている)

「ぬばたま」、「あかねさす」の二つの枕詞を効果的に用い、生命が躍動するような
リズム感を感じさせる秀歌です。
[PR]

by uqrx74fd | 2011-04-11 09:22 | 植物

<< 万葉集その三百十五〈紫草:ムラサキ)    万葉集その三百十三 (つまま=... >>