万葉集その三百十七(竹の秋)

「 我が庭の 風に音あり 竹の秋 」  コンラッド メイリ

野山の草木が緑の若葉に萌えたつ頃、竹の葉は地中の筍に養分を送るため黄色くなり、
それが他の草木の秋のありさまに似ているので、竹の秋とよばれます。
そして、古い葉が若葉と入れ替わると共に、筍がむくむくと土を破って顔を出すのです。

「 我がやどの いささ群竹(むらたけ) 吹く風の
   音のかそけき この夕(ゆふへ)かも 」
              巻19-4291 大伴家持


( 我家の庭の小さな竹林に夕方の風が吹いて幽(かす)かな音をたてている。
 なんとも物寂しいこのひとときよ )

753年4月(旧暦)の初めに詠まれた三連首のうちの一。
数ある家持の歌の中でも特に秀作とされているもので、

「景情融合の極限に達した作、現代語に訳してしまうと味わいを失すること
 最も著しい歌の一つ」(伊藤博)
「まさにこの歌はバイオリンの細かい旋律を聞くみたい。震えるような心」(犬養孝)
とも評されています。

庭の一隅のわずかな竹林に一陣の風が吹き渡ってゆく。
作者の研ぎ澄まされた神経に微かに聴こえてくる風の音。
それは揺れる竹の葉であるとともに家持の心の揺らぎでもあります。

誰もが浮き浮きとした気分の麗(うら)らかな春日であるにもかかわらず、
晴れやらぬ気持で一人孤独を感じている。

時の朝廷は藤原仲麻呂全盛の時代。
後ろ盾の聖武天皇、橘諸兄亡きあと、大伴家の没落はもはや押しとどめる術がありません。
苦悩の果て、生きる力を歌の世界に求める作者です。

「さす竹の 大宮人の 家と住む
     佐保の山をば 思ふやも君 」 巻6-955 石川足人


( 奈良の都の大宮人たちが自分の住処としている佐保の山。
 あなたさまは、その山あたりを懐かしんでおられることでしょうね。 )

作者、都への転任にあたり、時の大宰府長官大伴旅人が設けた送別の宴での一首。
「さす竹」の「さす」は芽生える、勢い良く伸びる意の枕詞。
「家と住む」には「我が家の庭のように馴染んだ佐保の山々」という気持が
込められています。
佐保は大伴家の邸宅の所在地。作者は後に残る旅人の気持を思いやったのでしょう。

「植ゑ竹の 本(もと)さへ響(とよ)み 出でて去(い)なば
   いづし向きてか 妹が嘆かむ 」 
                巻14-3474 作者未詳


( 門辺に植えた竹の根元さえ揺るがすばかりに騒々しく旅立ってしまったならば
  妻はどちらを向いて嘆くことであろうか ) 

突然の旅立ち。作者は防人に指名されたものと思われます。
行く先は大宰府か対馬か? 生還も定かならない旅です。
それなのに、送別騒ぎの最中で妻ともゆっくりと別れの言葉も交わせない。
「 残された彼女は大丈夫だろうか」と思いやる夫です。

この歌の「植竹」は家庭で竹を植え、筍を食用にしていていたことを窺わせます。

「 筍に木(き)の芽をあえて祝ひかな 」  正岡子規

『 古代のタケノコは旬の食材で、近くに竹林のある家では、春には旬の味を
  味わうことができた。
 「和名抄」はタケノコを「味甘く無毒、焼いてこれを服す」と解説するので
  薬効を目的として焼いて食べることもあったらしい。
  この時代の竹はマダケで、地方によっては笹類のタケノコを食用にするのは
  万葉時代も同様だろう。
  魏志倭人伝も「竹林、叢林(そうりん)多し」と伝える古代日本はタケノコ類の
  採集には事欠かなかったようである。 』
         ( 広野 卓著 食の万葉集より要約 中公新書)

「 松風に筍飯をさましけり」   長谷川かな女

『 京都周辺、乙訓(おとくに)の向日町あたりの竹の子は、土壌が水を包んだ
  粘土質であることと、施肥と抜草して手塩にかけて栽培されているために、
  他の地方の産とは比較にならぬほどおいしい。
  あのあたりの竹薮は孟宗竹で手入れのゆき届いた、草一本ない見事な竹薮である。
  (中略)
  竹の子は、ゆず、木の芽、紫蘇、ミヨウガ、ねぎ、うど、フキ、春菊、松茸などと
  ともに、いわゆる「香りをたべる」材料である。
  これらは、季節の到来を告げる香りであると同時に、その苦味、辛味、渋味、
  滋味を賞するもので、甘味や酸味の少ないところをみると、どうやら男の好む味に
  通じるものがあるといわねばならない。
  竹の子は「竹の香り」を食べ、「竹の感じ」を賞する季節料理の筆頭格であろう。
           ( 楠本憲吉 たべもの歳時記 おうふう)

     「 筍の光放ってむかれけり 」 渡辺水巴
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by uqrx74fd | 2011-05-01 20:00 | 植物

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