万葉集その三百二十一(槻:ツキ=欅)

(ケヤキ:小石川植物園)
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( 東根小学校のケヤキ:山形県東根市HPより)
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「 立ち並ぶ榛(はり)も欅(けやき)も若葉して
    日の照る朝は 四十雀(しじふから)鳴く 」 正岡子規


『ケヤキは特長ある樹形をした樹である。
 天に向かって掌をひろげたように末ひろがりに大きく枝を伸ばした姿は、
 遠くから見てもすぐわかる。
 古名はツキで「万葉集」にもツキノ歌が9首ある。
 ケヤキは若葉がさざなみのように光って見える新緑の頃もいいし、
 赤茶色に紅葉した葉がはらはらと散るころもよい。
 さらに葉を捨て切った梢が冬空の雲を掃くように揺れ動くさまにも
 独特の美しさがある。 』
             ( 筒井迪夫著 万葉の森、物語の森 朝日新聞社より)

古代、槻(ツキ)とよばれた欅(ケヤキ)はニレ科の落葉高木で我国自生の広葉樹です。
樹齢千年以上の巨木も多く存在し、神の憑代として信仰の対象にもなっていますが、
常緑の木が神木とされる中、冬に葉を落とす落葉樹が崇められるのは異例のことです。
早春、新葉とともに淡黄緑色の小花を咲かせ、花後扁平の小さな灰黒色の実を結びます。
材は木目が美しく光沢があり、しかも狂いや割れが少ないので、建築、船舶、車輛、
橋梁、楽器、彫刻、漆器木地など多方面にわたり広く使われている有用の木です。

「 天(あま)飛ぶや 軽の社(やしろ)の 斎(いは)ひ槻(つき)
    幾代まであらむ 隠(こも)り妻ぞも 」 巻11-2656 作者未詳


( 天飛ぶ雁というではないが軽の社(やしろ)の槻。
 その神木が幾代までも存在するように、貴女もこれからずっと長く
人の目をはばかって隠れていなければならない籠り妻なのでしょうか。)

想いを抱いている女性が一向に姿を見せないので半ば諦めている男。
かたくなに世間の目を拒んで家に籠る女は神に仕える巫女?
あるいは人妻なのかも知れません。

「天飛ぶや」は「天飛ぶ雁(カリ)」の意で音が軽(カル)に通じることから
枕詞として使われています。

「軽」は奈良県橿原市の大軽付近とされ、眼前に畝傍山が大きく望まれ、
 古くは市が立ち、賑わったところです。
 また注連縄が張られ手を触れてはならない神木「斎ひ槻」は巫女や人妻を
 連想させています。

「 早来ても 見てましものを 山背(やましろ)の
   多賀の槻群(つきむら) 散りにけるかも 」
         巻3-277 高市黒人(たけちのくろひと)


( もっと早くやって来たらよかったのに。
  紅葉した欅の木々は もうすっかり散ってしまっていることよ )

「山背の多賀」は京都府綴喜郡井手町多賀周辺。
作者は持統、文武期の歌人で度々三河や吉野行幸のお伴をしており、この歌も
北陸か東国からの帰路で詠われたものらしく、
「紅葉で知られている多賀に息せき切ってやって来たが、ついに間に合わなかった」
と残念がっています。

古来、旅の歌は道中の不安や怖れ、故郷への思慕の情を詠うものが多かった中で
黒人は自然の風物を感覚的にとらえて旅を楽しんでいる様子を詠い、この歌も
新しい境地の一首とされています。

「 けふ見れば 弓切るほどに なりにけり
         植ゑし岡辺の 槻の片枝 」    藤原定家


槻の木で弓を作っていたことが窺われる一首です。
弓の材料は槻のほか梓(あずさ)、檀(まゆみ)、桑が使われ、それぞれ木の名前をとり
槻弓、梓弓、真弓、桑弓とよばれていました。
「弓切るほどに」は切って弓がつくれるほどにの意。

欅はどれくらいの大木になるのか?
現存する日本一の欅は山形県東根市内の東根小学校に聳え立つ樹齢1500年、高さ28m、
根回り24mの巨木(国指定特別天然記念物)とされていますが、この欅より一回りも
二回りも大きい欅が存在していたことを白洲正子さんが紹介されておられます。

『 私は一通の招待状を頂いた。
  何でも自分の持ち山にある日本一の欅の大木が、雷に当たって倒れたので、
  その根を刳(く)りぬいて茶室を造ったから、見に来てくれ、というのである。
  私はあっけにとられた。
  日本一の欅といえば、2千年から3千年の樹齢はあるだろう。
  その大木で茶室を造ったというのならわかるが、丸ごとくりぬいた一本造りの
  建築なんて聞いたこともない。
  さすがに出雲の長者が考えることは桁はずれだと思った。』
                        (木:平凡社より)

「青黒う 繁る欅の大木は
   われとしたしむ 夏は来にけり 」 岡 稲里

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by uqrx74fd | 2011-05-29 07:37 | 植物

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