万葉集その三百二十三(若布:わかめ)

(鎌倉材木座にて)
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「 あらうみを ひらきて刈れる 若布(わかめ)かな」 
               橋本 鶏二(けいじ)


『 句は知多半島の内海で詠まれた。
  幾重にも流れる青い潮の層を鎌で切り開くようにして、
  海底に生い茂る若布を刈っているのである。
 「あらうみをひらきて」という思い切った表現が、
  春の海のゆったりした呼吸を感じさせる。』
                (長谷川櫂 季節の言葉 小学館より) 

ワカメは世界広しといえども日本近海と朝鮮半島南岸でしか採れない特産物で、
ミネラル、ヨード、鉄、カルシュウムを多く含み、古代から
重要な栄養源とされてきました。
また、海藻に多く含有するヨードは養毛剤の働きをなし、女性の髪を
「緑なす(艶やかな)黒髪」に育てるのに欠かせないものだったことでしょう。

一年草であるワカメは春から夏にかけて成長します。
黒潮の影響する外海の岩礁地帯に多く繁茂し、とりわけ荒い波で揉まれた
鳴門海峡のナルトワカメと三陸地方の南部ワカメが東西の横綱とされています。

「 角島(つのしま)の 瀬戸のわかめは 人の共(むた)
   荒かりしかど 我れとは和海藻(にきめ)」 
                 巻16-3871  作者未詳


( 角島の瀬戸で採れたワカメ(若女)は(自分以外の)他人と共にいるときは
 まるで荒藻(あらめ)、つまり、つっけんどんにあたったけれど
 俺といるときは和海藻(にぎめ)、優しかったんだよな )

海藻収穫の後で酒盛りしながら愛唱されたおのろけ歌でしょうか。

角島:山口県豊浦郡豊北町の西北端の島 昔の長門の国で現在は下関市
わかめ: 若女を掛ける
人の共(むた): 「とともに」 
和海藻(にきめ): 柔らかな海藻 ここでは素直に靡く女を掛ける

なお、「和ぶ(にきぶ)」という動詞は馴れ親しむの意。

1963年、平城京跡から発掘された木簡に「都濃嶋(つのしま)から都に
ワカメを送った」と記されているそうです。
当時、ワカメはほとんどの臨海諸国から貢納されていましたが、角島も
その一つだったのでしょう。
塩蔵、干物、一夜干し等に加工され、吸い物、和え物、酢の物、あるいは
粉にした「ふりかけ」等、現在と変わらない調理方法で食されていたようです。

「 比多潟(ひたがた)の 磯のわかめの 立ち乱(みだ)え
   我をか待つなも 昨夜(きそ)も今夜(こよひ)も」 
                 巻14-3563 作者未詳(東歌)


( 比多潟の磯に入り乱れて茂り立つわかめのように、あの子は昨夜も今夜も
 家の前に立ち、身も心も千々に乱れて私を待っているであろうか )

比多潟は所在不明。関東地方のどこかの磯海岸と思われます。
愛する女が想い悶えるのをワカメがゆらゆらと立ち乱れるように譬えた一首。

昨夜(きそ)は去年を「こぞ」と云うのと同じで昨前の時を表します。

『 わかめに恋がらみの歌が多いのは「め」が「女」の音に通じ、
 波にもまれる、身をもんで恋焦がれるとの連想から出た。
 海中で見る若布の生命力の塊りと思える色は忘れがたい。
 渋みがきいて長持ちする恋の色とはかかるものかと思わされる。
 左様なものに無縁だった我が人生、のろいたいくらいうらめしい。』
                  ( 橋本治 旬の歳時記より 朝日文庫 )

「和布刈(わかめがり) 禰宜(ねぎ)大松明を 抱え来し」   佐藤忍

和布刈(めかり)神社:(北九州市:和布刈岬の突端にある関門海峡の守護神)
の神事を詠んだ一句です。

奈良時代から行われている由緒ある行事で、毎年旧暦大晦日の深夜から
元旦にかけての干潮時に行われ、三人の神職がそれぞれ松明、手桶、鎌を持って
海に入り、わかめを刈り採って、神前に供えます。(県指定無形民俗文化財)

わかめは、万物に先んじて、芽を出し自然に繁茂するため、幸福を招くといわれ、
新年の予祝行事として昔から重んじられてきたものです。
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by uqrx74fd | 2011-06-12 08:20 | 植物

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