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万葉集その三百二十四〈しただみのレシピ〉

〈しただみ〉
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  「うず高き 小貝を前に 火を焚けば
       原始の人と なりぬわれらは」  尾上柴舟
  

 貝類は大別して、二枚貝と巻貝、それに角(つの)貝の三つに分けられますが、
「しただみ」はニシキウズガイ科の馬蹄螺(ばていら)とよばれる小型の巻貝です。
 地方により類似種とともに、シッタカ(尻高)、コシダカガンガラ、イシダタミ
 ともよばれていますが、サザエに似た旨味があり、現在では塩茹で、煮物、揚げ物、
 酢の物、味噌汁の具など多様に調理されています。

 万葉のころは生食されていたらしく、ご馳走だったのでしょうか。
 そのレシピを詠った珍しい歌が残されているのです。

「鹿島嶺(かしまね)の 机(つくえ)の島の しただみを
 い拾(ひり)ひ持ちきて 石もち つつき破り
 早川に洗ひ濯(すす)ぎ 辛塩(からしほ)に こごと揉(も)み
 高坏(たかつき)に盛り 机に立てて
 母にあへつや 目豆児(めづこ)の刀自(とじ)
 父にあへつや 身女児(みめこ)の刀自 」 
                   巻16-3880 作者未詳

( 鹿島嶺近くの  机島のしただみ。
 そのシタダミを拾ってきて 石で殻をコツコツつつき破り
 早い流れで ザブザブ洗いすすぎ
 辛い塩でゴシゴシ揉んで
 脚付き皿に盛りつけ 机の上にきちんと立てて
 お母さんに差し上げましたか 可愛いおかみさん
 お父さんに ご馳走しましたか 愛くるしいおかみさん )

   ○鹿島嶺:石川県七尾市東方の宝達山脈か
    原文「所聞多祢乃」(かしまねの)は「聞くところ多し」の意があり
    当時この地にシタダミが多く棲息することで知られていたことを示す。
   ○こごと揉み: せっせと揉む
   ○机: 杯据(つきすえ)で、物を載せる台、食膳
   ○あへつや: 饗(あふ)の意で食物をもてなす
   ○目豆児(めづこ)、身女児(みめこ) : 可愛い。いとしい。
   ○刀自(とじ):一家の主婦。ここでは幼女を主婦に見立てたもの
             ( 語句解説は万葉集釋注 伊藤博 集英社単行本による)

採りたての新鮮な貝から潮の香が漂ってくるような一首です。

机島は石川県能登半島の輪島沖、有名な和倉温泉の西北2,5㎞の海上にあります。
本来ならば人に知られることがない小さな無人島ですが、万葉集のこの一首で
後世に名を残すことになりました。

この歌は童歌と推定され、

「 おのずから料理の手順が知られるように仕組まれている。
  庶民の生活風景がほのぼのとこめられた佳品。(伊藤博) 」

「 この地方の風土に生きる古代庶民の間から生まれた、かくも日常的な
  愛情の所産による童歌の存在は、万葉集の中の貴重といわねばならない」(犬養孝)

と高く評価されています。

また、「まず母上に、次いで父上にご馳走を差し上げる子供たちの母親の姿」は
通い婚であった当時の母系社会の様子が描かれており、子供たちは歌によって
日常生活の作法を学んでいたことも窺われるのです。

犬養孝氏の実地調査によると、
『 島を取り巻く岩石には所狭しとシタダミ貝が棲息し、岩肌をはい回る貝の動きさえ
透き通って見える。
全国どこにでもみられる貝だが、こんなに密生しているところは珍しい。』(万葉の旅)
とのことで、しかもこの近辺では貝の名前も万葉時代のまま「しただみ」とよばれ、
日々の大切な食糧の一つになっているそうです。
また、通の人が好む貝らしく、インターネットでも1㎏1500円前後で
販売されています。

『 われわれの祖先が食を求めて、最初は木の実や草の実を口にし、
  海辺ではまず貝を求めたでありましょう。
  そのおおらかな生活を連想させてくれるのが、各地に残る貝塚で、
  約50余種が発見されています。
  日本近海には、約600種の貝がいるそうですが、(古の人たちは)
  味の良いものを選んだことがわかります。 』
                 ( 辻嘉一 味覚三昧 中公文庫より要約 )

「 しただみの からいっぱいに 前の道」
            (中島中学一年生、若木和枝)
 

 この句は犬養孝氏が机島を実地調査をされた折、鹿島教育振興会の俳誌「しただみ」
 から抜粋されたもの。 (万葉の風土。塙書房より)

by uqrx74fd | 2011-06-19 07:48 | 動物

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