万葉集その三百二十六(なのりそ=ホンダワラ)

「なのりそ」は「ホンダワラ」の古名で、九州から本州沿岸の海中に生育し、
高さ1~4m以上にもなる海藻です。
小枝の一部に楕円形の気泡を付け、それが浮き袋になって真っ直ぐに成長します。
栄養分が豊富で、特にタンパク質、アルギン酸、ヨード、鉄、カルシュウムなどを
多く含み古くから大切な食糧とされてきました。
また、新年に米俵の形に束ねて飾り物にするので「ホンダワラ」の名があります。

「あさりすと 磯にわが見し なのりそを
       いづれの島の 海人(あま)か刈りけむ 」
                   巻7-1167 作者未詳 


( これから採ろうと私が磯で見つけたナノリソなのに
 一体どこの島の海人が先に刈り採ってしまったのだろうか )

ホンダワラに掛けて女性のことを詠った一首のようです。
すなわち、男は美しい女を見かけて自分のものにしたいと目を付けていた。
ところが、それを誰かがさっさと手をつけてしまった。
地団太を踏んで悔しがっている男です。

あさりす:漁すと:魚介類を採ること

「なのりそ」という変わった名前は日本書紀の故事に由来します。
允恭天皇の時代のことです。
皇后の妹に衣通郎女(そとほしのいらつめ)という輝くばかりに美しい女性がいました。
天皇は后にと所望しますが、衣通姫は皇后の嫉妬を恐れて一旦は固辞します。
しかしながら、天皇の再三の願いと熱意には逆らえず、ついに受諾した姫は、
皇居から遠く離れた河内の茅渟(ちぬ)に宮を営みます。

喜々として足しげく通う天皇。
やはり、怖れていた皇后の嫉妬が- -。
そして、皇后は「しばしばの行幸は万民を苦しめることになる」と戒めます。
(なかなかうまい口実ですね)
「民」をもち出された天皇は、足も遠のかざるを得ず次に訪れたのは1年後。

その時、衣通姫は次のような歌を詠みました。

「 とこしへに 君も会(あ)へやも いさなとり
            海の浜藻の 寄る時時を 」


( 私は、いつまでも安心してあなた様にお会いできるわけではありません。
 海に浮かんだ藻が波の寄るに任せて、たまたま岸に寄りつくように
 ごく稀にしかお目に掛かれないので、切なくまた寂しいのです。)

歌を聞いた天皇は

 この歌を「な告(のり)そ)」 (他人に言ってはならない)。
「皇后が聞いたらきっと恨むに違いない」と言われました。 

そこで、その話を伝え聞いた人びとは「浜藻」のことを「な告(の)りそ藻」と
呼ぶようになったのです。

「な」は禁止を「そ」は強意を表します。
 いさな(勇名)=鯨(くじら): 「いさなとり」:海の枕詞

「 海(わた)の底 沖つ玉藻の なのりその花
   妹と我れと ここにしありと なのりその花 」
          巻7-1290 (旋頭歌)  柿本人麻呂歌集


( はるか海の彼方に靡く美しい藻 なのりその花
 あの子と俺とがここに一緒にいると人には「な告りそ」の花よ )

はるか沖の彼方に靡く海藻、ホンダワラの花は抱擁する男と女。
「他人に告げるな」と人目を忍ぶ仲です。
海藻がゆらゆら揺れる姿が抱擁のさまを連想させ美しくも艶麗。
「ほんだわら」は花が咲かないので枝につく気泡を花に譬えた一首です。

「 志賀の海人の 磯に刈り干す なのりその
   名は告(の)りてしを 何か逢ひかたき 」
                    巻12-3177 作者未詳


( 志賀の海人が磯で刈り干しているナノリソではないが
  名のってはいけないその名前を私に教えたのに。
 どうしてなかなか会うことが出来ないのだろうか。)

古代、名を尋ねることは求婚を、それに応えることは受諾を意味して
いました。
「絶対に言ってはならない大切な名前を教えたのに、途端にご無沙汰とは
どういうこと」と怒り狂う女は旅の一夜を共に過ごした遊女でしょうか。
宴席で面白おかしく歌った民謡のようなものかもしれません。

志賀;福岡県博多湾入口にある志賀島

『 名告りとは元来、求婚または戦闘の時の発声で、相手を圧服しようと
いう手段である。
  相手の魂を誘い出し、自分のものとして、服従させることである。』

             ( 山本健吉 基本季語500  講談社学術文庫)

「 渚には ほんだはらなど打ちあがり
      見てゐる時に 友ら集まる 」   大阪 泰

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by uqrx74fd | 2011-07-03 14:01 | 植物

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