万葉集その三百二十八(夏美=菜摘の里)

(菜摘の川:後方は菜摘の里)
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(宮滝で泳ぐ)
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『 気が付いてみると、いつの間にか私たちの行く手には高い峰が眉近く聳えていた。
  空の領分は一層狭くちぢめられて、吉野川の流れも、人家も、道も 
  ついもう そこで行き止まりそうな渓谷であるが、人里というものは狭間(はざま)が
  あれば何処までも伸びて行くものと見えて、その三方を峰のあらしで囲まれた、
  袋の奥のような凹地(くぼち)の、せせこましい川べりの斜面に段を築き、草屋根を構え、
  畑を作っているところが菜摘の里であるという。
  なるほど、水の流れ、山のたたずまい、さも落人の栖(す)みそうな地相である。』

             ( 谷崎潤一郎 吉野葛 岩波文庫より )

古代、吉野離宮が営まれていた宮滝から国栖(くず)に向かう途中に夏美(現在では菜摘)と
よばれる里があります。
目が覚めるような瑞々しい新緑や錦織りなす紅葉が美しい処で、山々の間を流れる
吉野川は、湾曲して瀬や淀みをつくり、巨岩にうち当たって飛び散る波の飛沫(しぶき)は
いかにも涼やかです。
この山紫水明の地に多くの人たちが訪れ、数々の歌や物語が生まれました。

「 吉野なる菜摘の川の川淀に
    鴨ぞ鳴くなる 山かげにして 」
             巻3-375 湯原王 (天智天皇の孫)

( ここ吉野の菜摘の川。
 その川淀で鴨の鳴く声が聞こえる。
 ちょうど山の陰のあたりで )

古代の人たちは吉野川が宮滝の奥あたりを流れる場所を菜摘の川とよんでいました。

静寂そのものの山の中でひときわ高く鳴く鴨の声がこだまの様に響く。

「よしのる つみのはの はよどに
 もぞ る やまげにして 」  と

同音の「な」と「か」を重ねた軽快なリズムは細やかな技巧の冴えを見せ、
結句「山かげにして」は余韻のある情感を醸し出しています。
菜摘の里の幽寂な情景を見事に詠った秀作です。

「山高み 白木綿花(しらゆふばな)に 落ちたぎつ
  菜摘の川門(かわと) 見れど飽かぬかも 」 
             巻9-1736 式部の大倭(おほやまと)


(山が高いので、岩場に砕け散る川波はまるで白い木綿で作った花のよう。
その菜摘の浅瀬(川門)の清流は見ても見ても見飽きないことだ。)

作者は式部省の官人。
宮滝に流れ込んだ川は岩にあたって逆巻く激流に。
やがて浅瀬に達し、さざ波を立てながら流れすぎてゆきます。
湯原王の静に対する動の歌で、爽やかな涼感が漂ってくる一首です。

菜摘の里は源義経が秘蔵していたという「初音の鼓」を家宝とする大谷家の
所在地としても知られています。
この家は壬申の乱の折、天武天皇に従った村国男依(むらくにおより)の末裔という
伝承もあるそうです。

「義経記」によると吉野に入った判官が静御前に今生の別れを告げるに際し、
 秘蔵の紫檀の胴に羊の皮で張った鼓を静に与えて、
「 初音は平清盛の祖父の正盛、父、忠盛、そして清盛と3代にわたり伝えられたが、
  清盛死後は誰に伝えられたのであろうか。
  屋島の合戦の時、わざと海にいれられたか取り落とされたか、波に揺られて
  漂っていたのを、伊勢三郎が熊手に懸けて拾い上げた- 」ものだと語っています。

その由緒ある鼓が義経から静へわたり、その後どのような経緯で大谷家に渡ったのかを、
記した巻物があるそうですが判読不能とのことで委細は不明のようです。

菜摘はその美しい名前と幽玄を感じさせる周囲の風景からでしょうか、
お能「二人静」(ふたりしずか)の舞台にもなっています。
菜摘のほとりで神に供える若菜を摘む女の前に静御前の霊が現れ、
「 今みよしのの 川の名の  菜摘みの女と思ふなよ」 と謡い、
昔を偲びつつ二人して舞う美しい能です。

万葉当時の面影を今なお強く残し、ロマンあふれる菜摘の里。
谷崎潤一郎をはじめ古くは本居宣長、芭蕉も訪れ、それぞれ一文を書き残しています。

「 東のかたの谷の底はるかに夏美の里見ゆ。
  ゆきゆきてまた東北の谷に見くださるる里をとへば、国栖(くず)とぞいふ」

               ( 本居宣長 菅笠日記)

「 独(ひとり)よし野のおくにたどりてけるに、まこと山深く白雲峰に重り、
  烟雨(えんう))谷を埋(うづ)んで山賊(やまがつ:木こり)の家ところどころに小さく、
  西に木を伐る音 東にひびき、院々(寺院)の鐘の聲(音)は心の底にこたふ。」

         註: 烟雨(えんう):煙のようにそぼ降る霧雨
            心の底にこたふ:心の底にしみじみと響く
                       (芭蕉 野ざらし紀行)

菜摘という名は余程好まれたのでしょうか。
「若菜摘」「磯菜摘」という言葉が生まれ、また、娘の名前に「菜摘」「夏美」「菜津美」
「なつみ」と命名する人も多いようです。

「 遠き世の 御幸(みゆき)の道や 若菜摘む」  編木佐さら
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by uqrx74fd | 2011-07-17 08:07 | 万葉の旅

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