万葉集その三百三十四(さ百合)

( あぶら火の : 松岡政信  万葉日本画の世界所収 奈良県立万葉文化館刊より )
b0162728_7542124.jpg

( 山百合:  妙音寺にて: 三浦半島三崎口)
b0162728_7551241.jpg

( ササユリ  : 入江泰吉 万葉賛歌 雄飛企画より )
b0162728_7553346.jpg


『 「 道隈に山百合の花咲きゐたる
     見しより燦(さん)と 夏は薫りぬ 」 石川恭子


  山百合は白い花弁に褐色の胡麻を散らしている。
  この花が咲き出すとまず芳香があたりに漂い、その香りそのものがくっきりとして
  夏が来たことを想わせる。
  茎長な大花が,花の重さに耐えず斜面に添い伏すように咲いているのも痛々しいが
  雨にも風にも意外に強い。
  この歌でも朝夕に見て涼しく明るい励ましを受けているようだ。 』

                ( 馬場あき子 花のうた紀行より  新書館)

749年の初夏、越中国守大伴家持は数人の官人たちと共に
秦 伊美吉石竹(はだの いみき いはたけ) の館での百合を愛でる宴に招かれました。
石竹の屋敷の庭には山から移植された山百合が見事に根づいて群生していたようです。
折しも家持が待望の従5位上に昇進したので、そのお祝いもかねていたらしく、
主人石竹はその日のためにわざわざ百合の花の蘰(かずら)を造り、高坏に重ねた上で
うやうやしく賓客に捧げます。

宴が佳境になったころ、まず家持が謝意をこめて詠いだします。

「 油火(あぶらひ)の 光に見ゆる 我がかづら
   さ百合の花の 笑(ゑ)まはしきかも 」
                   巻18-4086 大伴家持


( 油火の光の中に 浮かんで見える私の花蘰
 この蘰の百合の花の、なんとまぁ、美しくもほほ笑ましいことよ )

蘰を褒め、主人の細心にわたる心遣いに感謝する家持。
ともされた火の幻想的なゆらめきを「光にみゆる」と詠い、百合のふくよかな
香りまで連想させる一首です。

「 燈火(ともしび)の 光に見ゆるさ百合花
   ゆりも逢はむと 思ひそめてき 」

      巻18-4087  介内蔵伊美吉縄麻呂(すけくら いみき つなまろ)


( 燈火の光の中に浮かんでくる百合の花
 その名のように ゆり-将来もきっと逢おうと思いはじめたことでした。)

「ゆり」という言葉には「のちに」「あとで」という意味があります。
作者は歌があまり得意ではなかったのか、歌意が今一つ不明確です。

伊藤博氏は

『 「ゆりも逢はむ」は恋歌では「今は逢えなくても将来きっと逢おう」の意に
  用いられる表現で、
  「一同が現在楽しく相集い、相会(あいおう)ている場面にはそぐわない表現」
 とされた上で、
 「ここに相集うものは一様に奈良の都を離れていることとて、
 作者としては越中在任中も、帰京後も将来ずっと本日の結束を持ち続けよう
 という気持ちを込めて一首を詠じたのであろう (釋注) 』 とされています。

そこで、家持はとりなすように再び詠い座をおさめます。

「 さ百合花 ゆりも逢はむと 思へこそ
      今のまさかも 思ひそめてき 」
             巻18-4088  大伴家持


( 百合の花 その花のようにゆり-将来もきっと逢いたいと思うからこそ
 今の今も、このように楽しく過ごさせていただいているのです。)

宴席では現在を謳歌し、楽しむというのが今も昔も主催者に対する礼儀。
主人、部下への気配り十分な歌人家持です。

万葉集での「百合」は11首あり、「さ百合」と詠われたものが8首あります。
( 他は「深草百合」2首、「姫百合」が1首 )

「さ百合」の「さ」は「神聖」を意味し新婚の初夜にも飾られました。
どのような種類の百合かについては、関東以北で自生するのは「山百合」、
関西以南では「ササユリ」とされているので、家持たちが越中で詠んだのは
山百合であったと思われます。

「 いなびかり みなぎり来れば わが百合の
      花はうごかず ましろく怒れり 」  宮沢賢治


大地を揺るがす轟音。
垂れこめた厚い雲間から天を引き裂く凄まじい稲光。
一瞬、浮かび上がった燦然として立つ白百合。
それは、まるで凛とした怒れる貴婦人のよう。

『  - 夏の花の中余は尤も牽牛(あさがお)と百合とを愛す。
  百合の中(うち)余は尤も白百合山百合を愛す。-
  此花に対して思ひ出づるは、高潔なる天女の面影なり。
  清香を徳と薫じ、潔白の色を操と保ち、雑木熊笹あらあらしき浮き世に
  生まれ出でてしかも浮世に雑じらず、- - 』

       ( 徳富蘇峰著 自然と人生:山百合より :岩波文庫 )

「  深々と 人間笑う声すなり
       谷一面の 白百合の花  」  北原白秋


ご参考: 万葉集その十四 ( さ百合にかける恋: カテゴリ-植物 )
     万葉集その百十五 ( カサブランカ : 同上 )
[PR]

by uqrx74fd | 2011-08-28 08:08 | 植物

<< 万葉集その三百三十五 (柘:つ...    万葉集その三百三十三(薬の神様) >>