万葉集その三百三十五 (柘:つみ=山桑)

[ ヤマグワ(ヤマボウシ) 入江泰吉 万葉の華 雄飛企画より ]
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[ 桑の実 高橋治 木々百花撰 朝日文庫より ]
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[ 吉野川の簗(やな) 月刊ならら 五条市提供より ]
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「 黒くまた赤し桑の実なつかしき 」     高野素十

古代、柘(つみ)と呼ばれた木はクワ科の落葉高木である「ヤマグワ」(別名ヤマボウシ)
とされています。
葉を蚕の飼料にするほか、和紙の原料、織物、黄色の染料、家具材、薬用(利尿)
など多方面に利用されていた有用の木です。
初夏になると小さな白い花を咲かせ、秋には黒紫色の実をつけます。

「 ますらをの 出(い)で立ち向かふ 
 故郷(ふるさと)の 神(かむ)なび山に
 明けくれば 柘(つみ)のさ枝に  
 夕されば 小松が末(うれ)に

 里人の聞き恋ふるまで   
 山彦の相響(あいとよ)むまで
 ほととぎす 妻恋すらし 
 さ夜中に鳴く        」
                     巻10-1937 古歌集

訳文:

( ますらおが家を出て相立ち向かう
  この故郷の神々しい山。

 この山に明け方にやって来ると、
 ホトトギスが柘(つみ)の枝に止まって鳴き、
 夕方にには松の枝で鳴く。

 その声は里人が聞き惚れるほどに美しく、
 山彦がこだまする程に高い。

 ホトトギスよ、お前は妻を恋ふて鳴いているのか。
 この真夜中にまで しきりに鳴き立てて。)
                           

「神なび山」は「神がこもる山」の意で飛鳥のミハ山とされ、
美しい自然とホトトギスを通して聖なる山を讃えています。

古代、柘(つみ)は菖蒲、桃、蓬(ヨモギ)などと共に邪悪を払う魔除けの植物とされて
いたので聖なる意をあらわす「柘(つみ)の“さ”枝」と詠い、不老長寿の象徴である
松(小松)と対句になっています。
旅先で家恋しい作者は、妻を求めて鳴くホトトギスにわが身を重ねているのでしょうか。


「この夕(ゆうへ) 柘(つみ)のさ枝 流れ来(こ)ば
    梁(やな)は打たずて 取らずかもあらむ 」
                        巻3-386 作者未詳


( 今宵、もし、柘の枝が流れてきたならば、簗は仕掛けていないので
  枝を取らずじまいになるのではなかろうか。)

この歌の序に「仙柘枝(やまびめつみ のえ)の歌三首」とあり、その中の一首です。
神仙思想に基づく「柘枝媛(つみのえひめ)」といわれる伝説で、

「 その昔、味稲(うましね)という男が吉野川で梁(やな)を架けて鮎をとっていたところ、
柘の枝が流れてきた。
男はその枝を拾い上げて持ち帰ると、あら不思議や!枝が絶世の美女に変身。
男は狂喜して契りを交わして夫婦となり仲睦まじく暮らしていたが、
ある日突然、仙女であった女は常世の国に飛び立ち、再び戻ってくる事がなかった 」

という話が下敷きになっています。

竹取物語と似たこの話は「柘枝伝」(しゃしでん)ともいわれていますが、
まとまった物語としては今日伝わっておりません。
ただ、日本書紀や懐風藻に同類の話が部分的に載っているので、
この話を知っていた人が「故事にあやかり梁を設けて美女を得たいものだと」
宴会の席で詠われたものと思われます。

簗(やな)とは今日でも鮎漁に用いられている魚を捕るための仕掛けで、
木を打ち並べて水を堰(せ)き止め、一箇所に流れるようにして流れてくる魚を
簗簀(やなす)に落とし入れるものです。

 以下は前登志夫「吉野紀行」(角川選書)からです。

『 山陰の清冽な流れを見ていると、美稲(うましね)と柘姫(つみひめ)伝説の幻想が
そんなに古いこととは思われない。-
山から川の流れてくるところ人が棲み、川のあるところに愛がある。
美稲の話は上代の神仙思想と大和人が吉野にいだいた異境感覚をものがたるもので
あるが、美稲という名が示すように稲作と吉野川の水への信仰をも暗示している 』

「 山の畠の桑の実を
      小籠(こかご)に摘んだは まぼろしか 」 


( 赤とんぼ二番より 三木露風 作詞 山田耕作 作曲)
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by uqrx74fd | 2011-09-04 07:18 | 植物

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