万葉集その三百三十六 ( 高円山 )

( 高円山 後方右上 奈良公園浮見堂より )
b0162728_19513946.jpg

( すすき 奈良大仏池より )
b0162728_19515436.jpg

(おみなえし 山辺の道で )
b0162728_19521775.jpg

( 萩 同上 )
b0162728_19523180.jpg


高円山(たかまどやま)は奈良市東南にある標高432mの山で、昔は「たかまとやま」と
清音でよばれていました。
平城京に近く、奈良時代には貴族たちの遊宴の地として親しまれ、その頂上近くに
聖武天皇の離宮、尾上(おのうえ)の宮があったと伝えられています。
大宮人たちは時には狩を行い、酒壺をさげて逍遥し、四季それぞれの風物を楽しみ、
鶯、雁、鹿、桜、なでしこ、おみなえし、葛、萩、尾花、昼顔、紅葉など27首もの
歌を詠んでいます。

「 高円(たかまと)の 尾花吹き越す 秋風に
   紐解き開(あ)けな 直(ただ)ならずとも 」
                    巻20-4295 大伴池主


( 高円の野のすすきの穂を靡かせて吹き渡る秋風。
 その秋風に、さぁ着物の紐を解きはなってくつろごうではありませんか。
 いい女に逢うのはあとにして。 )

753年、数人の官人たちがそれぞれ壺酒を提げて高円の野山に登りました。
時期は現在の9月中旬。秋とはいえまだ暑さが残る時期です。
汗をかきかき小高い丘を登った大宮人たちは、山頂近くの秋風に心地良い
爽やかさを感じたことでしょう。

「さぁ、さぁ酒宴だ。衣の紐を解いて寛ごう。」と作者は皆に声を掛けます。
「紐解き開く」はくつろいで遊ぶさまを表し、「直ならずとも」には
「直ちに女性に交(あふ)にはあらずとも、」の意を含んでいるとされています。
「女性との交渉は後として取りあえずは衣服の紐を緩めて飲みましょうや」と
茶目っ気たっぷりの一首です。

万葉人はススキの花穂(かすい)を尾花とよびました。
そのさまが動物の尾に似ているからといわれていますが、米粒ほどの白い小花を
さしたのかもしれません。

「 女郎花(をみなへし) 秋萩しのぎ さお鹿の
    露別け鳴かむ 高円(たかまと)の野ぞ 」
                       巻20-4297 大伴家持


( ここ高円の野は女郎花や秋萩がまっ盛り。
 おぅ、あそこに見えるのは牡鹿かな。
 萩の花の上にしとどに置く露を押し分け、踏みしだき、やがて、
 妻を求めて鳴きたてることであろうよ。 )

鹿、萩に露、さらに女郎花をそえ、深まりゆく高円の秋の景観を
美しく詠った一首です。
萩は鹿が好むので「鹿の妻」ともよばれました。

「 高円の 秋野の上の 撫子(なでしこ)が花
   うら若み 人のかざしし 撫子が花 」
            巻8-1610 旋頭歌     丹生女王(にふのおほきみ) 


( 高円の秋野のあちらこちらに咲く撫子の花よ
 その初々しさゆえに、あなたが 挿頭(かざし)に愛でたこの撫子の花よ)

都に住む作者が大宰府長官大伴旅人に贈った歌です。
二人の関係は詳細不明ながら若い頃から親しく交際を続けていたらしく、
伊藤博氏は

『 長年の信頼と愛情を上品にやさしく託しており、女王の人柄が偲ばれる。
「なでしこの花」には若き日に旅人に愛された自分の姿を暗示しているらしく、
ほのぼのとした追懐の情が美しい。
恐らく押し花にした撫子にそえた歌で、ふるさとを思わせ、古く長い人の心を
思わせ、一首を受け取った旅人の心底からの安らぎを偲ぶことが出来る。』
(万葉集釋注) と評されています。

高円周辺は今なお古の面影を残しているところで、白毫寺、新薬師寺、志賀直哉旧居、
入江泰吉記念奈良市写真美術館もその山麓にあります。
堀内民一著「大和万葉旅行」は、その付近の様子を次のように伝えています。(要約抜粋)
 
『 高円山は原始林の春日山とは対照的な山で白毫寺の東の山だから
土地では白毫寺山ともよんでいる。
この白毫寺は天智天皇の第七子志貴親王の山荘を移して寺にしたと伝えられ、
著名な「五色椿」があり、奈良市小川町の伝香寺境内の「散り椿」、
東大寺開山堂境内にある「のりこぼし椿」とともに奈良の三椿(さんちん)と
よばれている。- -
新薬師寺の十二神将を見て、そこの山門をでたところに小さく祀られている鏡神社の境内から
高円山を眺めると西側斜面の大地をふくめて山がのどかで美しい。
十二神将を見た目にはこの山が親しみを覚えるのは、奈良末期の彫刻と歌との
関係からくるものであろうか。- - 

高円山の頂上に立つと、山上にかけての高円野の形相がよくわかる。
「高円山」の「高」は美称で、「円」は山の形をいったのであろう。
東の方は芳山の高峰が渓谷をへだてて見え、遠く伊賀、伊勢の山々が、
新秋の陽ざしを受けて蒼波のうねりをみせ、西の方は平城の古京へ、
稲葉の田園が豊かで、そのはては摂河泉を接する葛城山系が生駒山につらなり、
青空と山のあいだの一線が白けて、はるかに美しい。 』 
                                     (講談社学術文庫より)

    「萩芽吹く 石段粗き 白毫寺」 佐藤忠

        白毫寺は萩の寺としても知られています。
[PR]

by uqrx74fd | 2011-09-10 20:02 | 万葉の旅

<< 万葉集その三百三十七(朝影)    万葉集その三百三十五 (柘:つ... >>