万葉集その三百四十二 (明日香:南淵山)

( 明日香:棚田1)
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( 明日香:棚田2)
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( 明日香: 案山子)
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( 明日香:南淵山)
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( 男綱 )
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明日香の石舞台から南へ1㎞ばかり歩くと、そこは一面に広がる棚田。
春は刈田のレンゲやタンポポ、秋には稲穂が風にそよぐ中、
彼岸花やコスモスが咲き乱れています。
そして、子供たちが丹精を込めて作った数々の案山子がお伽の世界を演出して
くれるのです。

昔、このあたり一帯を南淵とよんでいたそうですが今は稲渕といいます。
飛鳥川に添う道は吉野に通じており、かって持統女帝や大海人皇子が通ったかも
しれないと遥か遠い時代に思いを馳せるのも楽しいものです。

やがて、集落の入口。
飛鳥川をわたす橋を挟んで道が二手に分かれ1㎞位先で再び合流します。
村の手前の川とその上流には子孫繁栄、五穀豊穣、悪疫侵入防止を願って
神の降臨を勧請する縄、すなわち雄綱と女綱が張り渡されており、古の時代から
神と共存する人々の心が今なお息づいている村のたたずまいです。

飛鳥川の両岸には屏風のような山々が連なり、進行方向に向かって左側の山塊を
南淵山といいます。
地元の農家の人に「南淵山はどの山ですか?」と聞くと
「この辺から見える山全部を昔から南淵山と言うてんねん」と答えてくれました。

「 まそ鏡 南淵山は今日(けふ)もかも
   白露置きて 黄葉(もみち)散るらむ 」
                     巻10-2206 作者未詳


( 南淵山では今日あたりも白露が置いて、紅葉が散っていることであろうか)

まそ鏡の「ま」は立派な「そ」は充分の意で「よく映る立派な白銅製の鏡を見る」
すなわち「見る」と同音の南淵の「ミ」に懸けた枕詞です。

作者はかって見たことがある南淵山の黄葉が今どうであろうか、
白露が置いてもう散っているであろうかと想像しています。
まそ鏡という美しい枕詞が白露がキラキラ光る様子を連想させている一首です。


「 御食(みけ)向ふ 南淵山の巌には
   降りしはだれか 消え残りたる 」
                    巻9-1709 柿本人麻呂歌集


( 南淵山の山肌の巌には、いつぞや降った薄ら雪が消え残っているのであろうか )

天武天皇の子、弓削皇子に献じた歌とあり、「残雪」を見ながら自然の美しさを
雄大に詠った一首です。

「はだれ」とは雪や霜などがうっすらと降り積もっている状態をいいます。
明日香はめったに雪が降らないところで、たまに降り積もっても
すぐに溶けてしまいます。
それだけに、巌のところに消え残ったまだら模様の雪、白黒の対比の美しさに
人々は心惹かれたのでしょう。

「御食向ふ」は神または天皇に捧げる食事のことで、
粟(あわ)、味鴨(あじかも)、酒(き)、蜷(みな:田螺などの巻貝) などを奉るので、
それぞれ同音の地名、淡路、味経(あじか)、城上(きのへ)、南淵に掛かる枕詞と
されています。

「 野菊挿す 南淵請安先生に 」 高繁 泰治郎

さらに歩いて行くと集落のはずれの丘に「南淵請安先生の墓」と彫られた
石碑が立っています。
この辺りは帰化漢人が大変多かったところで、請安(しょうあん)もその一人でした。

彼は、608年、遣隋使小野妹子に従って留学生として隋に渡り、32年間もの間
当地に滞在して儒教などを学びました。
帰国後、南淵(稲渕)に居を構え、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ、のちの天智天皇)や
藤原鎌足に儒学を教えたと伝えられています。

当時(642年)は皇極女帝の時代で、執政、蘇我入鹿が聖徳太子の子、
山背大兄(やましろのおおえ)を殺害するなど横暴を極めていました。
皇子と鎌足は請安宅に足しげく通い、ひそかに打倒蘇我氏と後の政権構想の
秘策を練り、645年、クーデータを敢行して蘇我氏を滅亡させました。

そして、孝徳天皇が即位、中大兄皇子は皇太子、藤原鎌足は内大臣となり
新しい時代、大化の改新の幕開けとなります。

請安先生が打倒蘇我氏の計画に関与したかどうかは定かではありませんが、
二人の政権構想に指導的役割を果たしたことは充分に考えられ、古代日本史の
影の立役者だったといえましょう。

澄み切った川のせせらぎ、蛍が飛びかう山里。
緑深い山塊、その間を吹き抜ける爽やかな風。
明日香は古代の雰囲気をいまなお濃厚に伝えてくれている美しい村です。

    「 勧請縄張る村境 蛍飛ぶ 」 田辺洋子 


( 女綱 上山好庸 明日香路 光村推古書院より)
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( 南淵請安の墓 )
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( 明日香の春   上山好庸  明日香路 光村推古書院より)
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by uqrx74fd | 2011-10-23 09:14 | 万葉の旅

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