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万葉集その三百五十三(亀鳴く)

( 亀石 明日香にて)
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( ガラパゴスゾウガメ 上野動物園にて)
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( ニホンイシガメ  上野動物園にて )
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「 亀は万年 齡(よはひ)を経、鶴も千代をや重ぬらん
   - 丹頂の鶴も一千年の齢を君に授け奉り 」 (謡曲:鶴亀) 


亀は爬虫類カメ目の動物で、今から約2億年以上前に地球上に住んでいた恐竜と
同じ仲間とされ、長い年月の間に棲む場所に合わせて甲羅や足の形を変えてきたと
いわれています。
「ゴジラ」という映画に出てくる亀状の怪獣「ガメラ」もこのような背景から
着想を得たものなのでしょうか。
中國最古の古典「書経」によると、亀は神秘的な生き物なので宇宙の縮図とみなされ、
国家の大事を占う時には亀の甲を焼いて出来た裂け目から吉凶を判断していたそうです。

我国では鹿の肩骨を焼いて判断する「鹿占(しかうら)」が主流でしたが
亀占(きぼく)の法が中国から伝来すると、朝廷は神祇官に卜部20人を配置して
これに従事させたと伝えられ、また、民間でも亀による占が行われていたことが
次の歌から窺われます。

「 - - ちはやぶる 神にも な負(ほ)ほせ
  占部(うらへ)据ゑ 亀もな焼きそ - -」 
            巻16-3811 作者未詳 (長歌の一部)


( 私の恋煩いを荒ぶる神様のせいにしないで下さい。私自身から生じた病なのです。
 また、占い師などに頼み込んで亀の甲などを焼いて占ったりしないで下さい。
 もう死にゆく身なのですから。 )

な負(ほ)ほせ : 「な-せ(そ)」は禁止を表す 負ほす:「負わせる=せいにする」

詞書によると、
「 夫婦となって契った男が姿を消し、何年も便りをよこさないので
女は恋しさ余ってとうとう病になり、床に臥す身となった。
まわりの者が心配して夫を呼び寄せたが、もはや手遅れ。
女は涙を流しながらこの歌を口ずさんで死んだ」 とあります。

病床を見守る人たちは占い師に何を占ってもらおうとしたのでしょうか。
「もう何をしたって無駄です」と悲しみながらも甘えたい女心です。

「  -- 我が国は 常世にならむ 図(あや)負(お)へる くすしき亀も
 新代(あらたよ)と 泉の川に 持ち越せる  ―
              巻1-50    藤原宮の役民の作る歌 (長歌の一部)


 ( 「 我国は常世の国になるであろう」と瑞兆のしるしを背に負うた神秘の亀も
   「新しい良き御代である」と言って泉の川(木津川)に出る- )

 694年、飛鳥浄御原(あすかきよみはら)宮から大和三山に囲まれた藤原宮に
遷都が行われたとき、宮造営に奉仕した役民が作った歌とされています。

「常世」は不老不死の理想郷、
「図(あや)に負へる亀」は甲羅に瑞兆の模様を負う霊妙な亀のことで、
新しい時代の新都造営を寿いだ一首です。
ハイレベルの調べなので、実際には監督した官人が詠み、
「使役をしている民も喜んでいる」という形にしてお上にゴマをすったのかもしれません。

古代人に「奇しき」と詠まれた吉兆、長寿の象徴の亀は「玄武」ともいわれ、
北の方角の守り神として崇められ、その原型を明日香の高松塚壁画や亀石に
とどめています。
また、年号も「霊亀」「神亀」「宝亀」「元亀」と四例も使われているのです。

「 亀鳴くと 春は水より動きけり 」 小松崎爽青

「亀鳴く」は春の季語です。
そもそも鳴き声を出す動物には必ず発声器か共鳴器があり、亀には声帯も
鳴管もないので鳴くはずがありません。
ところが古の人たちは亀が鳴くと信じ、その鳴き声がお経を唱えているように
聞こえるとして「亀の看経」という有難い名前まで付けているのです。
これは一体どうしたことでしょうか?

村上鬼城 は 「亀鳴くと嘘をつきなる俳人よ」

菅 裸馬(らば) は 「 亀鳴いて 椿山荘に椿なし 」  
  

 ( 椿山荘と言うからには椿があふれてしかるべきなのに、
    椿がないと椿事だ。亀が鳴かないのと同じことではないか )

と大いに皮肉っていますが、「亀鳴く」という言葉の典拠は次の歌とされています。

「 川越の をちの田中の夕闇に
       何ぞときけば 亀の鳴くなり 」
                  藤原為家(定家の子) :夫木和歌集:ふぼくわかしゅう)


( 夕暮れの中、向こう遠くの田んぼで 何かの鳴き声がする。
 何かと尋ねてみると、亀が鳴いているのだという )

「をち」は遠近(おちこち)の「遠(おち)」
 
作者は何気ない気持ちで近くにいる百姓に「あれは何の声かのう」と
尋ねたところ「亀の鳴き声でございます」と真顔で答えたのでしょう。
聞いた本人も亀が鳴かないとは夢にも思わなかったのでは?

それを真に受けた後代の歌人や俳人は「これは面白い」と多くの歌句に詠み、
空想の世界の産物である「亀鳴く」は今や堂々と季語集にまで載せられているのです。

諧謔と、いささかの滑稽味。
ほんのりとした温かさが感じられる日本人の感性です。

 「 何ぞもと のぞき見しかば 弟妹(いろと)らは
      亀に酒をば飲ませてゐたり 」     斎藤茂吉


亀さんは酒が大好き。これは作り話ではなく本当のことだそうです。

( 亀の親子    三溪園にて )
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by uqrx74fd | 2012-01-08 08:19 | 動物

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