万葉集その三百五十六(山橘=藪柑子)

「 樹のうろの藪柑子にも実の一つ 」 飯田蛇笏

多くの草木が枯れ果て今や周囲は一面の冬木立。
ふと、木の根元の洞に目をやると、緑の葉の間から粉雪がうっすらと掛かった
赤い実がひょっこりと顔を出す。
小さいながらも寒さに負けない健気で凛とした姿です。

古代、山橘(ヤマタチバナ)とよばれていた藪柑子(ヤブコウジ)は常緑の小低木で、
夏に白または淡緑色の小花を下向きに咲かせます。
花は5mm程度。 余程気を付けないと見過ごしてしまいそうです。
花後、青い実をつけ、秋、霜下りる頃、鮮やかな紅赤色に熟します。
厳寒の中、春まで緑の葉と紅い玉を保つ山橘は縁起がよい植物とされ、
庭園や盆栽、祝席での生花、髪飾りなど色々なところで愛でられてきました。

万葉集での山橘は5首。
そのうち4首が野性のもの、1首が飾り玉として詠われています。

「 この雪の 消(け)残る時に いざ行(ゆ)かな
      山たちばなの 実の照るも見む 」 
                         巻19-4226 大伴家持


( みなさん!この雪が消えてしまわないうちに参りましょう。
  そして、山橘の赤い実が雪に照り映えているさまも見ましょうよ。 )

雪見の宴で同席の人たちに声をかけた作者。
雪の白、ヤブコウジの赤。
色の対比が鮮烈な歌です。
「実が照る」とは白い雪に照り映えるの意で、雪間から緑の葉と赤い実が
顔を出している美しい様が目に浮かびます。

「 紫の糸をぞ我が縒(よ)る あしひきの
   山たちばなを 貫(ぬ)かむと思ひて 」
                       巻7-1340 作者未詳


( 紫色の糸を私は今一生懸命に縒(よ)りあわせております。
  山たちばなの赤い実をこれに通そうと思って )

「山橘を貫く」は好きな相手と結ばれることをも暗示しています。
 小さな実に糸を通して薬玉を作り、惚れた相手と結ばれることを願う女心。
 赤い実が燃えさかる恋の炎を象徴しているようです。

「 綿雪をかつぎて赤し藪柑子 」    辺見吉茄子(きっかし)

明治時代中期のことです。
藪柑子の盆栽ブームが起きました。
人々は珍しい品種を競って買い求め、高じて新潟県を中心とした投機騒ぎにまで
ヒートアップしたのです。
実に狂気の沙汰ともいうべきもので、当時の金で1千円、今でいえば4~5千万円の
高値で売買され、中には倍の2千円(1億円)にもなり、ついに県令を発して売買を
禁止する事態になったと伝えられています。

短期間で収束したそうですが、何やらオランダからヨーロッパ中に広がった
チューリップ狂乱を思い出させるとような出来事です。

藪柑子は漢名「紫金牛(しきんぎゅう)」とも言い、漢方では解毒、解熱、
利尿などに効ありとされています。
また、赤い実を付ける木々はそれぞれ、万両(マンリョウ)、千両(センリョウ)、
百両(カラタチバナ)、十両(ヤブコウジ)とよばれていますが、そのうち千両は
ヤブコウジ類とは全く類縁のないセンリョウ科に属する植物です。

    「 山深く神の庭あり藪柑子 」 江原巨江

ご参考;それぞれの見分け方

万両 : 葉の下側に実を付ける。 葉は互生(茎に互い違い) 高さは1m位。
千両 : 葉の上に実。 葉は対生(1つの茎の節に葉が左右対称につく) 高さは50㎝位。
百両 : 葉は細長く先端が尖り基部は広い(披針形) 高さ1m位 実は万両に似るが少ない
十両(藪柑子) : 葉を輪状型に付ける。
            葉の形が蜜柑に似ているので柑子の名が付いた。(江戸時代)
            実の付き方はサクランボに似る 高さ10~30㎝位で小さい。
                                           (以上)
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by uqrx74fd | 2012-01-29 08:38 | 植物

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