万葉集その三百五十八(山菅=龍の髭)

( 龍:髭に注目  江戸手拭 大野屋製 )
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( 龍の髭の花   季節の花300より )
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( 龍の髭と玉  くさぐさの花 朝日文庫より)
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( 龍の玉   熱海、お宮の松の下で )
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「 龍の髭(ひげ) 葉のくらがりに 瑠璃澄ませ 」 下山博子

古代、山菅(やますげ)とよばれた植物は「龍の髭」、別名「ジャノヒゲ」という
ユリ科の多年草とされています。
全国各地の山林に生え、細くて長い葉を龍の髭に見立てたのでその名があり、
初夏に淡い紫色の花を下向きに咲かせます。

秋になると球形の実を結びますが、その実は成熟する過程で果皮が破裂して消滅し
種子がむき出しのままとなり、瑠璃紺色の実と見えるものは種子そのものという
珍しい植物です。

漢方では「麦門冬(バクモントウ)」とよばれ、根を煎じて咳止め、利尿、消炎に
用いられているようです。

「 ぬばたまの 黒髪山の山菅(やますげ)に
    小雨降りしき しくしく思ほゆ 」
              巻11-2456 柿本人麻呂歌集


( 瑞々しい女性の黒髪。 
その名を持つ山に生えている山菅に小雨がしきりに降りかかっている。
あぁ、あの人のことがむやみやたらに想われてならないことよ )

黒髪山は奈良市北部、佐保山山稜の一角で、その名は翠の黒髪の女性を
連想させ、「しくしく」は「いよいよますます」の意で雨と恋心を重ねています。

作者は山中で山菅の美しい玉を見ながら愛する女性のことを瞼に
思い浮かべているのでしょうか。
容赦なく降りかかる雨が着物を通して体に染み込み、凍えるような寒さです。
それは、悶々としている心をシクシクと突き立ててくる針のよう。

「 山川(やまがわ)の 水蔭に生ふる山菅の
    やまずも妹は 思ほゆるかも 」 
          巻12-2862 柿本人麻呂歌集


( 山川の水蔭に生い茂っている山菅。
 その名のごとく、やまずにいつもあの子は私の心から離れることがなく
 想い続けていることよ。)

 「やますげ」「やまず」と音を重ねて一途に想う心情を詠う作者。
水蔭で下向きに咲く花がつつましやかで清楚な女性を連想させます。

斎藤茂吉は「水蔭」という語に心ひかれて
「この時代の人は、幽玄などとは高調しなかったけれども、こういう
 幽かにして奥深いものに観入していて、それの写生をおろそかに
してはいないのである。」 
と高く評価しています。(万葉秀歌下 岩波新書)

「 あしひきの 山菅(やますが)の根の ねもころに
     やまず思はば 妹に逢はむかも 」 
          巻12-3053 作者未詳


( 山菅の長い根ではないが あの人のことをねんごろにずっと想い続けていたなら
 あの子に逢えるであろうか )

山菅の根茎には髭根がたくさん生えています。
その「根」と音を重ねた「ねもころ」は「ねんごろに」という意です。
ここでは一途にという気持ちなのでしょう。

「山菅」は同じユリ科の「ヤブラン」であるという説もあります。
形状がよく似ており見間違えやすい植物ですが、牧野富太郎博士は

『 「麦門冬(バクモントウ)は「リュウノヒゲ」一名「ジャノヒゲ」
古名「ヤマスゲ」の専用名である。
ヤブランの古名は全く誤り。
この歌の「ねもころに」は「こまかくからみあう」ことであり
ジャノヒゲの根に合致する』と述べておられます。

「龍の髭に深々とある龍の玉」   皿井旭川

以下は 高橋治著 「くさぐさの花」 からです

『 今はもうそんなことはいわないが、緑と青の配色は難しいとされて、
  着るものの取り合わせにも注意したものだった。
  だから緑の葉に紫紺の玉がひそむ龍の髭と同じ配色を使う青手古小谷とは
タブーに挑戦した先駆者に思える。 』    (朝日文庫)

「 少年のゆめ 老年の夢 龍の玉 」   森澄雄

瑠璃紺色の美しい種子は龍の玉。
今では見かけることはありませんが遊び道具のない昔、男の子たちはその玉を
竹鉄砲の弾丸にし、女の子は「はずみ玉」とよんで弾ませて遊んでいたそうです。
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by uqrx74fd | 2012-02-12 09:33 | 植物

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