万葉集その三百六十三(祈りと供花)

「 山寺の 扉(と)に雲遊ぶ 彼岸かな 」 飯田蛇笏

彼岸とはもともと梵語(ぼんご)「波羅蜜多(はらみった)」の訳で、「悟りの境地に至る」
こととされていますが、この季節は太陽が真西に沈むので西方浄土と関係づけて
彼岸会の仏事が行われるようになったといわれています。

春分の日を「お中日」とした前後3日ずつの7日間をいい、今年は3月17日から23日まで。
7日間とされている理由は、中日は先祖に感謝し、残る6日は悟りの境地に
達するのに必要な徳目である六波羅蜜(ろくはらみつ)、すなわち

1、布施(分け与えること) 2、持戒(戒律を守る)、 3、忍辱(にんにく:慈悲)、
4、精進(努力)、 5、禅定(心を安定させる)、
6、智慧 (物事をありのままに観察し根源的なものを把握する)
を1日一つづつ修めるためとされています。

わが国最初のの公式な彼岸会は
『 806年、朝廷が崇道天皇のために諸国の国分寺の僧に命じて
「七日金剛般若経」を読ませたと』(日本後記) の記述によりますが、
記録に残らない法会はそれ以前に行われており、万葉集にも仏前唱歌や
供花に関する歌が残されています。

738年、11月の中頃、光明皇后の祖父にあたる藤原鎌足の70周忌の法会が
皇后宮で行われました。
僧侶の読経が終わった後でしょうか、唐や高麗などの異国の音楽を終日供養したあと、
琴の伴奏で十数人の人たちが仏前で唱歌を捧げ、故人の冥福を祈ります。

「 時雨の雨 間(ま)なくな降りそ 紅(くれなゐ)に
    にほへる山の 散らまく惜しも 」 
                           巻8-1594 作者未詳(既出)


( 時雨の雨よ そんなに絶え間なく降らないでおくれ。
 紅色に美しく照り映えている山の紅葉が散ってゆくのは
 なんとも残念でたまりません )

声明のような節をつけて歌われたのでしょうか。
いまにも妙なる声が聞こえてきそうな気がいたします。

この歌は、もともと仏教とは関係なく、時雨に打たれて散る紅葉を惜しむ気持ちを
詠ったものですが、紅葉に亡き鎌足の華々しい人生、散るさまに諸行無常の気持ちを
こめて献じたものであることが後書きで知ることが出来ます。

鎌足を祀る談山神社が紅葉の名所であることもにも思い重ねて古代王朝の雅やかな
法要の一端を偲ばせてくれる一首です。

「 梅の花 しだり柳に 折り交え
     花に供へば 君に逢はむかも 」 
                      巻10-1904 作者未詳


( 手折ったしだれ柳に梅を交じえて、お花として供えたならば、あの方に
 お逢いすることができるでしょうか。)

愛する人に先立たれ、仏前にぬかずく女性。
様々な思い出が瞼に浮かんできたことでしょう。

万葉集で仏前の供花を詠ったのはこの一首のみですが、春の供花として、
梅、柳を手向けることが多かったことが窺えます。

柳が用いられたのは生命力が強く、春一番に芽吹くことから長寿や繁栄の象徴と
みなされ、さらにその頼もしい生命力に頼り、悪い妖気を払う守護神として
屋敷の周辺や水辺を取り巻くように植えられていたことによるものと思われます。

供花は浄土信仰が浸透する平安時代に一般的になり、有名な鳥羽僧正の鳥獣戯画にも
猿の姿をした僧が蛙の仏前に花を供える様子が描かれていますが、やがて生け花へと
進化してゆきました。

「 みちのくの 今年の桜 すべて供花(くげ) 」 高野ムツオ

以下は長谷川櫂氏の解説です。
『 作者は宮城県多賀城市の人。 昨年の大震災直後の句である。
やがて咲く桜は犠牲者への供花。
「みちのくの」とあるが日本全国の桜が供花のようだった。 』
                       (2012,3,11読売新聞 四季より)

震災後1年経過した後もいまだに傷が癒えることはありません。
本稿を亡くなられた方々に捧げ、心からの冥福をお祈りいたします。

「手に持ちて 線香売りぬ 彼岸道」 高濱虚子

わが国での香の起こりは聖徳太子の時代、595年に淡路島に香木「沈香」が
漂着した(日本書紀)ことに始まるとされています。
その後中国から各種の香木が渡来しますが、正倉院に納められている有名な
蘭奢待(らんじゃたい)もその一つです。
法会に欠かせない線香ですが現在のような形になったのは江戸時代以降だそうです。

また、蝋燭(蜂蜜から作る蜜蝋)も奈良時代に中国から渡来していました。

「 命婦より 牡丹餅たばす 彼岸かな 」  蕪村
彼岸の供え物といえば「ぼたもち」「おはぎ」ですが、彼岸の頃に咲く牡丹(春)、
萩(秋)に由来するといわれています。
「たばす」は「賜ばす」で戴く。
「命婦(みょうぶ)」は後宮の中級女官や中臈の女房の総称ですが、ここでは
牡丹餅をくれた女性を面白がって詠んでいるのでしょう。

「長谷寺に法鼓轟く彼岸かな 」  高濱虚子
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by uqrx74fd | 2012-03-17 20:31 | 生活

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