万葉集その三百六十五(春の夜の夢)

 〈 北鎌倉:明月院 にて)
b0162728_20121454.jpg

( 河津桜と菜の花  :伊豆)
b0162728_2013075.jpg

( 梅花粧:ばいかそう 鎌倉秀雄 万葉日本画の世界 奈良県立万葉文化館より)
b0162728_20132178.jpg

 (  桃の花:古河 ) 
b0162728_20134049.jpg

( 山吹の花  北鎌倉 明月院 )
b0162728_20135793.jpg


「目に見えね 色をも知れず春の夜や
    ただ何んとなき 我がこころ哉 」
 ( 山田耕作:春の夜の夢 : 楽譜は失われている)

春の夜は目覚めても床離れしがたく、怠惰と愉悦が同居した何とも云えない幸せを
感じるいっときです。
「春眠暁を覚えず」 (孟浩然) 」の中で見る夢は甘美で艶めかしいもの。
古代の人たちもそれぞれの夢を楽しんだことでありましょう。

「 梅の花 夢に語らく みやびたる
        花と我れ思(も)ふ 酒に浮かべこそ 」
                   巻5-852 大伴旅人


( 夢の中に梅の花の精が出て参りました。
 そして私にこのように語ったのです。
 「 私は風雅な花だと自負しております。
   咲いた花は散るのが定め。
   ならばせめてあなた様の酒杯に浮かべて戴けませんでしょうか 」 )

730年大宰府長官大伴旅人宅で観梅会が催され、集う官人たちが32首の歌を
詠み競った後、その余韻がなお冷めやらぬ気持ちで追加して詠われたものです。
酒杯に梅の花を浮かべるという雅やかな趣向が夢の中の梅花の言葉に仕立てられ
後の歌に大きな影響を与えた一首です。

酒と梅をこよなく愛した風流人旅人の暖かい心が感じられると共に、
その幻想的な詠いぶりは能の世界を思わせます。
なおこの歌には 
「梅の花 夢に語らくいたづらに
          我を散らすな酒に 浮かべこそ」 
                            とも付記されています。

「 山吹の にほえる妹が はねず色の
     赤裳(あかも)の姿 夢(いめ)に見えつつ 」
                        巻11-2786  作者未詳 (既出)


( 咲きにおう山吹の花のようにあでやかな乙女
 その美しい子がはねず色の裳を付けて夢の中に現れたよ。
 きっと彼女は俺のことを想っていてくれているのだなぁ )

古代では相手が自分を想ってくれていると夢の中に現れると信じられていました。
片思いでは夢にも出てこないのです。
作者は黄色とピンク色に囲まれた美しい夢の世界で陶然と乙女を抱きしめながら
「 春宵(しゅんしょう)一刻 値千金 (蘇東坡)」、至福の時をすごしたことでしょう。

「蛙の目借り時」という言葉があります。
あまり聞きなれない言葉ですが榎本好宏氏は以下のように解説されています。

『 晩春の頃になると、どうにも我慢ならないほどの眠気を催すことがあります。
そんな時、夜が短くなったと言えば無粋ですが、蛙が目を借りに来たと言えば
微苦笑も出るものです。
苗代の出来る頃の蛙の声を聞いているとつい眠くなりますが、
これは蛙に目を借りられるからだとして出来た春の季語です。
ところが、目借時は、蛙が異性を求める時期ですから、妻(め)狩り時、
または女(め)狩り時だとする説もあります。』 「季語語源成り立ち辞典(平凡社)」

やはり、春は恋の季節なのです。

「 春の夜の 夢ばかりなる 手枕(たまくら)に
    かひなく立たむ 名こそ惜しけれ 」
        周防内侍(すほうのないし) 千載和歌集、百人一首


( 春の夜の短い夢。そんなはかない浮気心に気をゆるし
 あなたさまの捥(かいな)を手枕にしたりすれば、
 きっとありもせぬ浮名が立つことでしょう。
 せっかくのおぼしめしはありがたいのですが残念なことでございます )

詞書によると、ある二月、現在の三月の終わりでしょうか。
月の明るい夜、二条院で大勢の人々が寝ずに夜明かしして話などしていたところ、
作者が物に寄りかかって「枕がほしいものです」とそっと言うのを聞いて
大納言藤原忠家(俊成の祖父)が「これを枕に」といって腕を御簾(みす)の下から
差し入れてきたので詠んだ歌とされています。

「かひなをさしいれる」「かひなを交わす」という言葉には「共寝する」と
意味があり、たとえ戯れにしても腕を差し入れてきたので、それを素早く受け止めて
「腕(かいな)く」「甲斐なく」と詠みこみ、さらに「春の夜」「夢」「手枕」と、
はかなくも甘美な趣の歌に仕上げ、やんわりと男の誘いを断った機知ある一首です。

「 枕だに 知らねばいはじ 見しままに
    君かたるなよ 春の夜の夢 」 
                          和泉式部 新古今和歌集


( 枕ですら二人の恋は知らないのだから人には告げることはしないでしょう。
  だから決して人におっしゃったりしないで下さい。
  この春の一夜、共に見た夢のような逢瀬を )

作者によると、思いもかけずに恋に陥った相手に贈った一首だそうですが、
堀口大学氏は下記のような解説をされています。

『 実に視覚的なエロティックな歌ですね。
  枕というものは見たことを人に話すと言われているのね。
  その枕さえ見ないことは言わないのだから、「君語るな春の夜の夢」と
  ぼかしてあるが、「見しままに」とは式部が男に何を見られてしまったことか、
  想像できるでしょう。
  枕は上の方にあるから、下の方までみてないということだ。 』

        ( 日本の鶯-堀口大学聞き書き 関容子 岩波現代文庫 )

慶応大学での講義、艶やかな堀口節です。
さぞ名物教授だったことでしょう。

「 およしよと いはず小声で 春の夜の 」 (俳風柳樽)



             no.365 (春の夜の夢)終わり
[PR]

by uqrx74fd | 2012-04-01 00:00 | 生活

<< 万葉集その三百六十六(桜と蘭蕙...    万葉集その三百六十四(川の音) >>