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万葉集その三百七十三(藤波)

(奈良万葉植物園)
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( 同上 )
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( 同上)
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( 笠間にて )
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「 藤浪や 峰吹きおろす 松の風 」 村上鬼城

藤波-なんという美しい言葉なのでしょう。
この二字に雅やかな情景のすべてを凝縮した万葉人の恐るべき造語力です。

藤が群がり咲き、ふさふさと垂れ下がって風に揺れている。
それはまるで寄せては返す波のよう。

「 若葉まじり 群がり咲ける白藤の
     花の乱れの 日に静かなり 」 窪田空穂


750年 越中に赴任していた大伴家持は配下の官人たちを引き連れて布勢の
水海(みずうみ)に遊びました。
氷見市の十二町潟を北端にし周囲20㎞もあったと想像される広大な湖です。
各々乗馬で高岡市伏木の国府を出発、海辺から立山の景勝を楽しみながら北上し
やがて船に乗り換えます。
漕ぎ行く行くに、多胡(下田子)の入江あたりで藤の群落が。
船を寄せると新緑の中、見事に列なった藤の花房が風にゆらりゆらりと靡いている。
あまりの美しさに一同思わず嘆声をあげ家持が詠いだします。

「 藤波の 影なす海の 底清み 
    沈く(しづく)石をも 玉とぞ我(あ)が見る 」
                   巻19の4199 大伴家持(既出)


( 花房を風に靡かせている藤の花の美しいこと。
 それが鏡のような水面に映っているのもまた素晴らしい。
 澄み切った水底に沈んでいる石までも藤色の宝石のように輝いていることよ )

次々と歌い継ぐ官人たち。

「 多祜(たこ)の浦の 底さへにほふ 藤波を
    かざして行かむ 見ぬ人のため 」
              巻19-4200 内蔵忌寸縄麻呂(くらのいみきつなまろ)


( 多祜の浦の 水底さえ照り輝くばかりの藤の花房
 まだ見たことがない人のため この花房を挿していこう )

さざ波のように華やいでいる山藤。
空の青、山の緑、藤の紫と白、そして海のエメラルドグリーン。
幾重にも重なり合う夢のような色彩の世界です。
その中に浮かぶ愛する人の面影。
その人のために一折、手土産にかざして行こうというのです。

「 いささかに 思ひて来しを 多祜(たこ)の浦に
       咲ける藤見て 一夜経(へ)ぬべし 」 
                  巻19-4201 久米広縄


( ほんのかりそめのつもりでやって来たのに多祜の浦に咲き映えている藤を
 見ていると一夜過ごしてしまいそうだ。)

泊りがけになりそうだと、喜び、はしゃいでいる作者。

「 藤波の 花の盛りに かくしこそ
    浦漕ぎ廻(み)つつ 年に偲(しの)はめ 」
            巻19-4188  大伴家持

( 今は藤の花房が真っ盛り。
 この素晴らしい光景を来年も、再来年もこのように浦から浦へと漕ぎめぐって 
 愛で続けましょう。)

水鳥が気持ちよさそうに泳ぎ、ホトトギスが鳴く。
靡く藤の波。水底に映える月と篝火の炎。
優雅な吟行の集いの一幕を伝えてくれる歌の数々ですが、恐らく遊女や、
僧侶なども同行し、宴も大いに盛り上がったことでしょう。

家持が愛した景勝地、布勢の海。
現在は殆ど干拓され、十二町潟とよばれる細長い水田が往時を偲ばせるよすがと
なっているのみです。

「 公達が うたげの庭の 藤波を
         折りてかざさば 地に垂れんかも 」 正岡子規

by uqrx74fd | 2012-05-27 09:18 | 植物

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