2012年 07月 21日
万葉集その三百八十一( 山ぢさ=岩タバコ)
( 岩タバコの花 同上 )
( 同上 )
( 同上 )
( 岩がらみ 東慶寺本堂裏 2012、6、13撮影)
( 同上 )
( 同上 )
「 滝しぶき 濡れて花もつ 岩たばこ 」 水下寿代
イワタバコは本州以南の日が当たらない湿った岩壁に自生する我国特産の多年草で、
15~50㎝もある大きな葉が根生し垂れ下がって生えます。
煙草の葉に似ているのでその名がありますが、先が尖った小判形の葉の前面に
デコボコがあり、冬になると小さな丸い塊となって新芽を保護しながら越冬し、
暖かくなると急に広がるという珍しい生態の草花です。
初夏の頃、淡い紅紫色の五弁の花を咲かせますが、暗がりに群生しているので
星が輝いているように見えフアンタスティックな雰囲気を醸しだしてくれます。
「イワタバコ」は古くは「山ぢさ」とよばれていました。
従来「エゴノキ」であると主張する学者が多かったのですが、静岡県下の広い地域と
和歌山県の一部で今でも山ぢさとよばれていること、他の地方の方言に山ジシャ、
岩ジシャ、滝ジシャなど多くみられるところから若浜汐子氏がイワタバコであると唱え
(万葉植物全解)、近年は若浜説が有力になっています。
古代の人たちはヤマヂサの若葉を山菜として食べ、古葉は煎じて胃腸薬に用いて
いたそうです。
「 山ぢさの 白露重み うらぶれて
心も深く 我(あ)が恋やまず 」
巻11-2469 柿本人麻呂歌集(既出)
( 山ぢさが白露の重みでうなだれているように、私もすっかりしょげてしまって。
でも、あの人を心から愛する気持ちは一時も止むことがありません。)
日蔭で育つイワタバコはただでさえ茎が細いのに、露が加わり下向き加減にみえます。
その姿は恋の悩みに堪えかねて、うなだれているよう。
可憐な花のさまを自身の気持ちに重ねた一首です。
「 息の緒(を)に 思へる我れを 山ぢさの
花にか君が うつろひぬらむ 」
巻7-1360 作者未詳(既出)
( 命がけであなたのことを想っている私。
それなのに貴方はあの萎(しぼ)みやすい山ぢさの花のように心変わりをして
しまったの。)
息の緒とは紐のように細々と続く息のことで、苦しさのあまり息も絶え絶えの
ような状態をいい命の極限を意識した言葉で、
「 身も心も貴方に捧げているのに、どうして心変わりしてしまったの。
もう死んでしまいたい」と嘆く女です。
「 日の洩れの ほとんどなしや 岩たばこ 」 浜田波川
JR北鎌倉駅の常設改札口を出て鎌倉へ向かう道を真っ直ぐに歩いてゆくと間もなく
右側に東慶寺というお寺がひっそりとした佇まいを見せてくれます。
北条時宗夫人、覚山尼が建立し、離婚が許されていなかった時代、女性がここへ
駈け込めば男と縁切りが出来たといわれる元尼寺です。(明治から臨済宗:男住職)
四季折々美しい花を咲かせる名所としても知られていますが、とりわけ
紫陽花が咲く頃、奥まった岩壁に張り付くように咲くイワタバコの群生は圧巻です。
また、同じ時期、本堂裏に「岩がらみ」という蔓性の植物が白い花を咲かせ、
期間限定で公開されます。 (2012年の公開は6月2~15日)
縁側をぐるりと廻りながら鑑賞させて戴くのですが、本堂裏の岩壁から
垂れ下がって咲いている白い花びらが暗闇に浮かんでいるように見え、一瞬
幽玄の世界に入り込んだような心地がしました。
一見、ガクアジサイのように見えますが、全く別種のユキノシタ科の植物だそうです。
「 裏崖に 花を映して 岩がらみ 」 筆者
by uqrx74fd | 2012-07-21 16:08 | 植物