万葉集その三百八十四(明日香:甘橿の丘から)

(甘橿の丘遠望)
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( 甘橿頂上への道)
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( 山道の途中から 真中に飛鳥寺が見える)
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( 耳成山、右香久山)
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( 畝傍山 後方は二上山)
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( 明日香俯瞰図 左上大和三山と藤原京)
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( 本薬師寺跡〈右側の森〉近くから畝傍山を望む 蓮の後方にホテイアオイが見える)
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( ホテイアオイの群生 畝傍北小学生が植えたもの 2012、8、10 撮影)
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( 同上 )
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甘橿の丘は明日香のほぼ中央部に位置し、南北に細長く伸びている高さ148mの小山です。
古代、栄華を誇った豪族、蘇我氏が大邸宅を構え、山上から天皇家をも睥睨(へいげい)していたものの
奢れるもの久しからず、中大兄皇子と藤原鎌足に攻め滅ぼされ終焉を迎えた地でもあります。
現在は国営飛鳥歴史公園として整備され、明日香全体を俯瞰(ふかん)することが出来る
絶好のビユーポイントです。

私たちは、民家の脇の登り口からゆっくり頂上へ向かいました。
丸太を横に渡して砂止めにした幅の広い階段は登りやすく、傾斜は多少きつくても
年寄りや子供に優しい坂道です。
丘の中腹あたりから後方を振り返ると、先ほど立ち寄った飛鳥寺や水落遺跡が見え、
飛鳥川が心地よげに流れています。
頂上の豊浦展望台まで約10分。

雄大な景色が目の前に広がりました。
遥かに多武峰の連山、生駒山、二上山、葛城、金剛の山々。
平野の中で瑞々しい姿を見せる香具山、畝傍、耳成山は海の中に浮かぶ島のようです。
神様はなんという不思議な摂理をされたのでしょう。
大和三山は、ほぼ正三角形に点在しており、お互いに惹かれあっている様子から
妻争いの伝説を生み、その位置は都づくりにも大きな影響を及ぼしました。

「 畝傍山 香具山つなぎ 稲穂波」 藤田佑美子

694年、中国の長安を参考にした本格的な都「藤原宮」が造営されました。
大和三山に囲まれ、泉がこんこんと湧き出ている宮殿です。
遷都にあたり持統女帝のお出ましの中、新都を寿ぐ歌が奉られます。
恐らく祝詞のような調べで詠われたことでしょう。

「- - 大和の青香具山は 日の経(たて)の 大き御門 (みかど) に
    春山と 茂(し)みさび立てり 
    畝傍の この瑞山(みづやま)は 日の緯(よこ)の 大き御門に
    瑞山と 山さびいます
    耳成の 青菅山(あおすがやま) は  背面(そとも)の 大き御門に
    よろしなへ  神さび立てり
    名ぐはし  吉野の山は  影面(かげとも)の 大き御門ゆ
    雲居にぞ 遠くありける 
    高(たか)知るや  天の御蔭(みかげ)  天知るや 日の御蔭の
    水こそは とこしへにあらめ  御井(みい)の ま清水 」 
                  巻1-52(長歌の一部: 最後の一行のみ既出) 作者未詳

(訳文)
「- - ここ大和の青々とした香具山は 東の偉大なる御門に面して
 いかにも春山らしく 茂り立っている。
 畝傍、この瑞々しい山は 西の大御門に 瑞山と 山らしく鎮まる
 耳成、この青菅茂る清々しい山は、北の大御門にふさわしく
 神々しくもそそり立つ
 その名も高き吉野の山は 南の大御門より はるか向こう
 雲の彼方に遠く連なっている
 かくのごとき 素晴らしい山々に守られた御殿は
 高く空に聳え立つ御殿
 天いっぱいに 広がり立つ御殿
 この大宮の水こそ とこしえに尽きることがない
 この御井のま清水は  」      巻1-52 作者未詳



この歌から香具山は東 畝傍は西 耳成は北 吉野山は南の守り神とするべく
場所に宮殿が建てられたことがわかります。
香具山を「青香具山」と言っているのは「青」は陰陽五行説の東にあたり、
日の経(たて)も東を意味し、東大御門を守る鎮めの山が香具山。

畝傍山の「瑞山」は「清らかでみずみずしくも聖なる」の意で「日の緯(よこ)」は
西を表す言葉。西の大きな御門には畝傍山が控えている。
「山さびいます」は「山らしく いかつい」の意

耳成の「青菅山」は青々とした菅が生えている山。 菅は神聖な植物で禊の時に
用いられたことによります。
「背面(そとも)」は北を差す言葉で、藤原宮の北、背面。
「宜(よろし)なへ」は「それらしく、ふさわしく」

「吉野」の「名ぐわし」は「有名な」という意と「良し」に通じているので
「良き名の吉野」を掛けている。
「影面(かげとも)」は南をさす言葉です。
そして、天皇の威光はあまねく天下に行き渡り、永遠に渇くことを知らない
湧き上がる真清水のごとく、永久(とわ)に栄えるであろうと詠いおさめています。

「 青梅雨に 大和三山 みなけぶる 」 鷹羽刈行

パノラマの景色を堪能した私たちは川原展望台に向かいました。
馬の背のような丘の頂の両側には万葉ゆかりの木々が植えられ、それぞれに
名札が付けられています。
桜の木も多く、春には絢爛たる景色を演出してくれることでしょう。

小鳥のさえずりも聞こえてきました。
山鳩が餌を探しながら道の前をチョコチョコと歩いています。
歩くこと約10分。 
耳成山が近くに見え、後方に聳え立つ二上山。
手前に和田池、剣池、孝元天皇の御陵。
この辺りは亡き両親が晩年を過ごした懐かしいところで、
二人が今にも家から出てきそうな様子が目に浮かび瞼が熱くなりました。

夕日が次第に二上山に落ちてゆきます。
駱駝(らくだ)のこぶのような特徴のある山姿です。
大和三山は見る角度で形が変わり、特に畝傍、耳成は間違えやすいのですが、
「背後に二上山が見えるのが畝傍山」と覚えておけば何とか判別できそうです。

明日香散策も甘樫の丘で終点。
私は

「 采女の袖吹きかへす 明日香風
    都を遠み いたづらに吹く 」   巻1-51 志貴皇子(既出)


と口ずさみながら、来た時とは反対側の坂道を下りて行きました。

   「 野を焼いて 甘樫の丘 けぶらせり 」 若山智子
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by uqrx74fd | 2012-08-11 17:20 | 万葉の旅

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