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万葉集その三百八十八(吉野紀行2)

( 花矢倉展望台より 一目千本 )
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( 吉野水分(みくまり)神社 )
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( 金峯山寺 蔵王堂 )
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( 同上 蔵王権現  同寺パンフレットより )
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( 吉水神社 )
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( 吉野葛 )
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( 吉野周辺案内図 西行庵は金峰神社の下にある )
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私たちは苔清水の歯にしみるような冷たい水を飲んで疲れを癒した後、
杉が刈り倒されている小径を登りはじめました。
ゆるやかな勾配の山道の両側から木の香りが漂ってきます。
郭公でしょうか、鳥の鳴き声も聞こえてきました。
登ること15分。頂上に到達です。
眼下は雄大なパノラマ風景。
杉が形よく林立する吉野の山々、
はるか遠くに金剛、葛城、二上山がかすんで見えます。

「 み吉野の 高城(たかき)の山に 白雲は
   行(ゆ)きはばかりて たなびけり見ゆ 」
                   巻3-353 釋 通観(伝未詳)


( み吉野の 高城山を見ると、白雲が進みかねてずっと棚引いている。
 まるで、雲が山の気高さに感動して、見惚れているようだ )

高城山は金峰山(きんぷせん)近くの高城山(720m)ともいわれています。
万葉人も同じ景色を眺めながらうっとりとしていたことでしょう。
しばしの休息を終え、昼なお暗き森の中に入ります。

「 み吉野の 青根が峰の蘿席(こけむしろ)
    誰(た)れか織りけむ 経緯(たてぬき)なしに 」 
                         巻7-1120 作者未詳(既出)


( 吉野の青根が岳。あの苔のむしろは一体だれが織り上げたのでしょう。
  なんと素晴らしい!まるで絨毯みたいですね。
  縦糸も横糸も区別がつきません )

鬱蒼とした木立が続く中、根元に色鮮やかな緑の苔の絨毯。
その間から羊歯が大きな葉を広げています。
太古の世界に迷い込んだような雰囲気です。
奥吉野が古の姿のまま保たれているのも、神の宿る山として大切にされてきたから
なのでしょう。

約1時間のハイキングを終え、吉野水分(みくまり)神社に向かいます。
古代の人たちは山の水源地や分水嶺に神が宿り、麓を潤す水を配っていると
信じていました。
即ち水配り=水分(みくまり)です。

「 神さぶる 岩根こごしき み吉野の
    水分山( みくまりやま)を 見れば悲しも 」
                           7-1130 作者未詳


( 神々しい大岩の根がごつごつ切り立つ、ここ吉野の水分山、
 この山を見ると切ないほどに身が引き締まってくる。)

吉野を訪れた宮廷人の宴席での歌で、「悲し」は「あまりの素晴らしさに泣きたくなる
くらいに感動した」の意です。
「水分山」は吉野上千本の上方、青根が峰(858m)とされ、もともと「天の水分神」は
その山頂に祀られていましたが、後年(延喜式内社制定以前)、現在の「吉野水分神社」に
遷されたそうです。

丹塗りの楼門をくぐり、境内に入ると右に三殿を一棟とした本殿、左に拝殿、
周囲は吉野の山に囲まれ荘厳な雰囲気を漂わせています。
また、本殿に安置されている玉依姫命像( たまよりひめのみことぞう) は
鎌倉時代の代表作として高く評価され国宝に指定されています。

このお社は水の神様を祀るとともに、子宝の神様とされ、拝殿には赤子の襦袢が
たくさん積まれており、安産の祈願に1枚戴いて帰り、出産したらお礼参りをして
2枚を供えるのだそうです。
枕草子(239段)に「み子もりの神 いとをかし」 と書かれているのでかなり
古い時代から授産、安産の神とされていたようですが、その由来は
「水を配分する神」の「みずくばり」が次第に「みくばり」→「みくまり」
→「みこもり」に転訛しついに「こもり(子守)になった」というのですから面白い。

本居宣長は「菅笠日記」で「子供に恵まれなかった父親が遥々江戸からこの神社に
参って授産を祈願したところ、母が懐妊した。
さらに男でありますようにと祈り自分が生まれでた」と深く信じ

「 水分の 神の誓のなかりせば 
   これのわが身は 生れ来めやも 」


と終生感謝の気持ちを持ち続け、生前に設計し山桜を傍らに植えるように指示した
自らの墓は吉野の方角に向かって建てられたそうです。

「 水分の 神みそなはせ 遅桜 」   石井桐蔭  
                           みそなはせ:ご覧くださいませ

拝殿で大勢の人を前にして女神主さんが静かにお話をされています。
穏やかな顔つきと少し太った体は子守の母にふさわしく「玉依姫命像」の表情と
重なりそうです。

「 奥千本 峰を離るる盆の月 」 新保ふじ子

私たちは吉野随一の眺望を誇る花矢倉展望台へやってきました。
眼下に上千本、中千本、蔵王堂を見下ろせ、遠くに金剛、葛城、二上山が望めます。
花の季節には「 さくら さくら 野山も里も 
見わたすかぎり 霞か雲か朝日に匂ふ 」(古謡) 
がごとく豪華絢爛たる舞台が出現することでしょうが、青葉の季節もまたよしです。

「後ろの茶店の葛切りが美味そう」と思いつつ秘仏御開帳の金峯山寺蔵王堂へ。

「 桜東風 香煙燻る蔵王堂 」 鳥居忠一

蔵王堂の創建は白鳳時代と推定されていますが、1348年の南北朝の戦いで高師直
(こうのもろなお)の兵火で焼かれたほか3度も罹災し、その都度財力を傾けて再興された
野趣あふれる雄渾な大伽藍です。

運よく秘仏、金剛蔵王権現3体が御開帳されており堂内に。
うす暗い内陣には青の忿怒の形相の本尊、金剛蔵王。
右手に三鈷杵(さんこしょ)を持って頭上に振りかざして天界の魔王に挑み、
左手の指の刀印はすべての情欲や迷いを切り払う構えです。
左足は、盤石を踏まえて地下の悪霊を払い、右足を大きく上げて、虚空に充満する
悪魔を調伏せしめんとしているようで、怒髪天の形相は人間の心の中の悪魔を
追い払うのが修験道の理念とのことです。
権現とは、○○の姿をかりて現れる相のことで、中尊は釈迦如来、左、観音菩薩 
右は弥勒菩薩とされていますが、恐ろしい表情にもかかわらず怖いと言う感じは
致しません。
むしろ「お前たちしっかりしろよ」と励まされているようです

 「 蛙飛びの呪文響くや吉野山 」藤田子角

毎年7月7日に蛙飛び行事という奇祭が蔵王堂で行われます。
その昔、一人の男が金峯山寺の本尊の悪口を言った途端に大鷲にさらわれ
断崖絶壁の上に置き去りにされた。
今にも谷底に落ちそうな恐怖に冷や汗を流した男は大いに反省し、通りがかりの
山伏に泣きついてカエルの姿に変えてもらい何とか山から下りてこられた。
ところが人間に戻ることが出来ない。そこで吉野山の高僧が蔵王権現の前に
座らせて経文を唱え、人間にもどしてあげたという伝説に基づく行事です。

 「 葛切りや谷に迫り出す吉野建 」   中御門あや

吉野山の町並みは、いわゆる吉野建といわれる崖造りです。
馬の背のような一筋の町並みは短く、然も左側は深い谷。
そこで、人々は1,2階を道より下にかけ出し、3階が普通の平屋と同じ形にしたのです。
つまり、清水寺や長谷寺の舞台のような造りなのです。
歩いていると気が付きませんが、中に入ってトイレに行くときは、狭くて急勾配の
階段を下りて2階またはその下に行き、崖の上で憩うのです。

「 亀鳴いて 吉水院の奥の庭 」    森田公司

後醍醐天皇が祀られている吉水神社は白鳳年間に建立されたと伝えられ
元は金峯山寺の僧坊吉水院(きっすいいん)でしたが、明治維新の廃仏毀釈により
神社になったそうです。
南北朝時代、南朝の宮とされ、また義経と静が潜居したり、豊臣秀吉が徳川家康、
前田利家以下5千人もの家来を引き連れて花見をしたことでも知られています。
その折、秀吉は「絶景じゃ。絶景じゃ。」とはしゃぎ

「 年月を 心にかけし吉野山
    花の盛りを今日見つるかな 」
と詠ったそうですが

この狭い場所に5千人の花見とは!
吉野の山は人、人、人であふれかえったことでしょう。

私たちの奈良万葉旅行も吉野神宮を訪ねて終わりとなります。
大学を卒業してから50年目にして初めての5人旅。

あっという間の5日間でしたが、至福のひとときでありました。
水も滴る新緑の中、奈良公園の藤、長谷寺の牡丹、室生寺の石楠花、
長岳寺の躑躅や杜若、そして可憐な野の花々、
み仏の慈悲深いお顔。
古代のロマンに出会った飛鳥路や山の辺の道。
これらは仲間との楽しい会話と相まって終生の良き思い出となることでしょう。

各々の健康と変わらぬ友情を願いつつ次の歌を口ずさみながら吉野をあとに
したことでした。

「 皆人(みなひと)の 命も我がも み吉野の
      滝の常盤の 常ならぬかも 」 6-922 笠 金村


( 皆々方の命も 我らの命も ここ み吉野の滝が常盤であるように
 永遠不変であってくれないものかなぁ。 )

by uqrx74fd | 2012-09-08 20:08 | 万葉の旅

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