万葉集その三百八十九(なでしこ=常夏)

「長野県茅野 八子ヶ峰:(やしがみね:1833m)にて」
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( 同上 )
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(  凛とした野生の花    同上 )
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 (  情熱的な常夏の花  yahoo画像検索より )
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「 撫子や そのかしこきに 美しき 」 惟然(いぜん:江戸時代)

古来「なでしこ」という花には色々なイメージが込められてきました。
その清純で可愛い姿が「愛すべき子供を撫でる心地がする」ことからその名があり、
やがて、楚々とした美しさの中にも芯の強さを秘めた日本女性の代名詞になります。
さらにヨーロッパでは古くから「聖なる花」とされて教会で飾られ、後世、
交配を重ねて「カーネーション」生まれ変わるなど、変化自在なのです。

撫子は我国原産の植物ですが、中国からもたらされた「石竹」も「なでしこ」と
よばれていたため、自生のものを「大和撫子」、渡来のものを「唐撫子(からなでしこ)」
と区別しました。
ただし、「やまとなでしこ」という言葉が歌に出てくるのは平安時代からです。

万葉集で詠われている「なでしこ」は26首。
その中で「石竹」と原文表記されているものが3首みられますが、
すべて「なでしこ」と訓読され、自生の「カワラナデシコ」と推定されています。

大伴家持は撫子に格別の想いを寄せていたのでしょうか。
11首もの歌を残していますが、すべて女性や貴人に関わりがあるものばかりです。

「 我がやどの なでしこの花 盛りなり
    手折りて一目 見せむ子もがも 」
                        巻8-1496 大伴家持


( 我が家の庭の、なでしこの花が真っ盛り。
  手折って一目なりと 見せてやる子がいればいいのになぁ。 )

花の盛りと共に深まりゆく秋。
独り身の侘しさがますます身に染みる。
華やかさの中に哀愁を感じさせる一首です。

「 見わたせば 向(むか)ひの野辺の なでしこの
     散らまく惜しも 雨な降りそね 」
                      巻10-1970  作者未詳


( 見渡すと 真向いの野辺に美しい撫子が咲いています。
 こんな美しい花が散ってしまうのは惜しいなぁ。
雨よ、どうか降らないでおくれ。) 

作者は野原を散策しながら撫子の群生に出会い感動したものと思われます。
見上げると空が急に暗くなり夕立が来そうな気配。
激しい雨に打たれて折角の花を散らすなと願う心優しい作者です。

「 なでしこが その花にもが 朝な朝な
    手に取り持ちて 恋ひぬ日なけむ 」
                       巻3-408 大伴家持


( あなたがなでしこの花であったらいいのになぁ。
 そうであったなら毎朝毎朝 大切に取り持って、愛(め)で慈しみましょうに。)


婚約者大伴大嬢に送った一首で「にもが」は強い願望を表します。
「手に取り持ちて」に「大嬢を掻き抱くことを幻想している?」と
すれば極めて官能的な歌といえます。
撫子をこよなく愛した家持にとって、撫子イコール女性であったのでしょう。

「 秋さらば 見つつ偲(しの)へと 妹が植えし
          やどのなでしこ  咲きにけるかも 」
                      巻3-464 大伴家持


( 「秋になったら 花を見ながら私をいつも思い出してくださいね 」 
   と妻が植えた庭のなでしこ 。
   その花が、もう咲き始めてしまったよ )

亡き妻妾を偲んだ歌のようですが、相手がいかなる女性かは不明です。
「秋さらば」は秋が訪れたらの意ですが、その前に早くも咲いた花。
これからの盛りとは逆に、深まりゆく孤独感が感じられる一首です。

家持が妾のもとに通いはじめたのは16歳。
母親に甘えるような心境だったのかもしれません。


「 我のみや あわれと思はん きりぎりす
        鳴く夕かげの やまとなでしこ 」      素性法師 古今和歌集


( 私だけが「いじらしい」と思っているのだろうか。
 こおろぎが鳴く夕陽の光の中の大和撫子は )

「やまとなでしこ」という言葉が使われた最初の歌です。

古代コオロギはキリギリスとよばれていました。
深まりゆく秋。コオロギが哀愁を帯びた声で鳴き、撫子もなんとなく侘しげです。
夕陽の中に咲く花を眺めつつ虫の音に耳を傾けて行く秋を惜しむ作者は、
瞼に美しい女性を思い浮かべているのでしょうか。

「 俊成の 仮名文字の とこなつの花 」 高野素十 
            
                        俊成= 千載集の撰者 、藤原定家の父 

撫子には「常夏:とこなつ」という別名があります。
花期が長い、あるいは永遠の美しさを讃えて付けられた名前とされていますが、
音の響きから「床」「寝床」すなわち「男女の共寝」を連想させる言葉です。

「 塵をだに 据ゑじと思ふ 咲きしより
     妹と我が寝(ぬ)る 常夏の花 」 
              凡河内躬恒(おほしこうちのみつね)   古今和歌集


( 塵すら置かないようにしようと思って大切にしている「常夏」です。
  咲いてからこのかた、愛する妻と共に寝る「床(とこ)」を思い出させる花ですから、
 お譲りするわけにはまいりませんよ。)

詞書に「隣家から常夏の花を譲ってほしいと言ってきたのでやんわりと断わった」歌と
ありますが、撫子の花を惜しんだとも思えず、深読みすれば共に住む美女を譲って
欲しいと暗に求められたのかもしれません。
とすれば余程図々しいお隣さんだったのですねぇ。

「 撫子が咲きたる 野べに相おもふ
            人とゆきけむ  いにしへおもほゆ 」 伊藤左千夫


                       ご参考:万葉集遊楽その77 (撫子:なでしこ)
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by uqrx74fd | 2012-09-15 07:31 | 植物

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