万葉集その三百九十三(春日山)

( 春日野の秋 手前:御蓋山 後方:春日山)
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( 同上 左 若草山 右 春日山 )
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( 薬師寺大池から 若草山、春日山  )
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( 奈良県庁屋上から 若草山 春日山 大仏殿も )
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( 興福寺南円堂の裏から  後方春日山 )
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( 春日山原始林 )
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( 朱雀門から  付近は現在工事中) 
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「かすがのに おしてるつきの ほがらかに
  あきのゆふべと なりにけるかも 」  会津八一


( 春日野に照りわたる月はくまなく澄んで、 まさに秋の夕べとなりました )

    「おしてる」の「おし」は接頭語で「くまなく照る」こと

近鉄奈良駅から市内循環バスに乗り、破石町(わりいしちょう)で下車。
5分ばかり来た道を戻ると右手に広々とした芝の原が広がり、鹿がのんびりと
草を食んでいる様子が目に飛び込んできます。

かっては大宮びとがピクニックを楽しみ、ポロに似た打ち毬(まり)という競技に親しんだ
憩いの場、万葉の面影を伝える春日野です。
この野に立って東の方角を眺めると低い山並みが重なるように続き、左から、丸刈りの
若草山、鬱蒼とした深山を感じさせる花山(498m 通常春日山とよんでいる)、そして
手前の御蓋山。
若草山は昔、端山とされていたのか万葉集には山名が見えませんが、古の人たちは
この三つの山を総称して「春日山」とよんでいました。
東の山から上る太陽は大地を育み、山頂から流れ出る水は佐保川、率川、能登川、
吉城川となって畑を潤す。
人々が都の守り神とした春日山は四季それぞれの景観も素晴らしく桜、新緑、紅葉や、
月に雪、さらには鶯やホトトギス。
雪月花が揃った舞台に万葉人の心が躍り、恋に歌にいそしんだのです。

「 九月(ながつき)の しぐれの雨に 濡れ通り
   春日の山は 色づきにけり 」 
                   巻10-2180  作者未詳


( 長月の時雨に山の芯まで濡れ通って、春日山はすっかり色づいてきたことよ )

旧暦の9月ですから丁度今頃の季節だったのでしょう。
作者未詳の歌ながら秀歌の誉れが高く、伊藤博氏は
『 調子が単純に一気に徹(とお)っていて良い歌。
  潤いがあり、響きがある。
  「濡れ通り」の一句が鮮烈で、時雨の激しさをしっかりとらえている。
  現代文に訳するより繰り返し吟唱するにしくはない。
  かような高い格調を持つ歌が、紅葉の盛りの長月と、奈良の代表的な山
 「春日山」とを詠みこんでいる。』
と評されています。(万葉集釋注 集英社文庫 )

「 春日山 おして照らせる この月は
    妹が庭にも さやけくありけり 」
                巻7-1074 作者未詳


( 春日山一帯をあまねく照らしているこの月.
いとしいあの子の家の庭にも さやかに照り輝いていたなぁ )

作者は春日山を照らす月を見ながら、過ぎし日に愛しい子の家の庭で一緒に眺めた
月を思い出しているのでしょう。
月を仰ぎながら追憶を詠う甘美な一首で、「おして照らせる」という強い表現が
「月光が大地をあまねく照らしている」様子を浮き立たせています。

「 物思ふと 隠(こも)らひ居りて 今日見れば
     春日の山は 色づきにけり 」 
                         巻10-2199 作者未詳


( 物思いにふけり、ずっと家に引きこもっていたが、今日久しぶりに
 外へ出て見ると 春日の山はすっかり色づいているよ )

作者は恋の想いに悶々としていたのでしょうか。
すっかりふさぎ込んで家に閉じこもり、久しぶりに外へ出て見ると、鮮やかな紅葉。
心も少しは軽くなったことでしょう。

春日山の麓には藤原氏の氏神、春日大社が祀られていますが、古くは地元の豪族、
和邇(わに)氏の祭祀による御蓋山を神体とする拝殿だけの社だったと考えられています。
841年、春日山一帯は神域とされ、狩猟や伐木が全面的に禁止されました。
以来、1200年近く300ヘクタールにおよぶ原始林が今日に至るまで保護され
1924年には「春日山原始林」として天然記念物に指定されています。

鬱蒼と繁茂した巨木の林相は、カシ、シイなどの常緑広葉樹のほかフジ、
カギカズラなどの蔓性植物やシダ類、さらに針葉樹も含む175種類の樹木、
598種類の草花が生育し、60種類の鳥類、1180種類の昆虫が棲むわが国でも稀な
生態系の宝庫です。
尤も100%原始林ではなく、豊臣秀吉が1万本の杉を植栽したり、台風被害による
早期回復を図るため在来種で補植されるなど、ある程度は人口の手が加えられている
そうですが。

私たちは平城宮跡に立って東の方角に臨むと春日山、それに続く高円山を
一望のもとに収めることができます。
大宮びとも朝に夕べに春日山を眺め、愛でていたことでしょう。

修復なった大極殿、朱雀門を眺めながら瞼を閉じて古を想うと艶やかな采女や、
きらびやかな衣装をまとった貴公子の姿が目に浮かんでくるようです。

「 秋されば 春日の山の 黄葉(もみち)見る
      奈良の都の 荒るらく惜しも 」 
                  巻8-1604  大原今城(いまき)

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by uqrx74fd | 2012-10-13 19:55 | 自然

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