万葉集その三百九十五(白毫寺と志貴皇子)

(白毫寺山門への石段)
b0162728_20565413.jpg

( 本堂 )
b0162728_20574542.jpg

( 御影堂と桔梗)
b0162728_2058355.jpg

( 高円山 春日野から)
b0162728_20582551.jpg

( 白毫寺から 後方は生駒山 )
b0162728_2059987.jpg

( 笠 金村の歌解説板 後方高円山 :画面を左クリックすると拡大出来ます )
b0162728_2059550.jpg

( 志貴皇子系図 )
b0162728_20594975.jpg

「 萩芽吹く 石段粗き 白毫寺」  佐藤忠

 『 寂(さ)びれの最たる寺として白毫寺がいい。
   山門を見ながら登る古びた石の階(きざはし)は訪れるたびに心が安らぐ。
   萩の最盛期に訪れるべく計画していたがかなわず、9月も終わりの夕暮れどきに、
   寸暇をさいて訪れた。
   もうほとんど散ってしまっていると覚悟はしていたが、まだきざはしの両側の
   残花は美しく、憂愁の美をたたえていた。
   両側から たわわに伸びる枝は、歩を運ぶたびに手に触れ、肩に触れる。
   白や淡紅色の残花を賞でながら山門の近くまで登ると、うっすらと汗ばんだ肌に
   一陣の風がさわやかである。』
                     (南浦小糸 花に寄せて 株式会社フジタ)
     
白毫寺は奈良市街地東南部、春日山の南に連なる高円山の麓にあります。
その昔、天智天皇の第7皇子、志貴皇子の離宮があり没後その山荘を寺としたと
伝えられていますが、寺の草創については天智天皇の勅願によるもの、あるいは
かってこの地に存在した岩淵寺の一院であったなど諸説あり定かではありません。

万葉集に残る志貴皇子の歌は6首。
何れも名歌の誉れが高いものばかりです。
 
「 石(いわ)走る 垂水の上の さわらびの
         萌え出づる 春になりにけるかも」 
                     巻8の1418(既出) 志貴皇子


( しぶきをあげながら岩の上を流れる水がキラキラ光っている。
 水音も清々しい滝のほとりに ほら、早蕨が芽を出しているよ。
 あぁもう春だ。待ちに待った春がとうとうやってきたねぇ)

「 采女の袖吹きかへす明日香風
      都を遠み いたずらに吹く 」 
                  巻1-51(既出) 志貴皇子


采女は天皇に近侍するために全国から厳選された容姿端麗の女性で、
男たちの憧れの的でした。
この歌は明日香から藤原京に都が移ったのち作者が往年の華やかな女性の姿を
回想したものですが、皇子の母親は越の国の豪族の娘で、越道君 伊羅都売
(こしのみちのきみ いらつめ) といい生前 采女として天皇に仕えていました。
皇子の瞼には美しかった母親の姿が浮かんでいたのかもしれません。

壬申の乱後、天武系の天下にあって天智の子、志貴は母親の身分が低いことも相まって
肩身の狭い思いで過ごしていたと思われ、政治的にも重んじられることなく、
ほどほどの官位を得て静かな生涯を終えたようです。

715年秋、萩の花が咲く9月のことです。
あたかも燎原の火のような松明の列が高円山の兵陵に向かっていました。
志貴皇子の野辺送りです。
宮廷歌人、笠金村は問答形式という斬新な手法で長歌と反歌2首の挽歌を捧げました。

まずは長歌の訳文から。

「 長歌 意訳文(巻2-230) 」

『 大丈夫(ますらお)が 梓弓を手に持って、矢を脇に挟んで立ち向かう的
  その「まと」という名がある高円山(たかまとやま) に
  春の野を焼く野火かと見まごうほど多くの火が燃えている。

  「これは一体どうしたことだ。
   何事が起きたのでしょう?」 と

  尋ねると、道来る人が小雨のような涙を流し、白い衣を濡らしながら
  立ち止まって私に言いました。

   「 どうしてみだりに言葉をお掛けになるのですか?
     ただでさえ悲しいのに、あなた様がそのようなことをお聞きになると
     涙があふれかえってまいります。
     訳をお話しすると心が痛んでなりません。
     あの赤々と連なる松明は天皇の皇子があの世にお出ましになる
     御葬列の送り火なのですよ。」。

「 長歌 訓み下し文 」

「 梓弓 手に取り持ちて ますらをの  さつ矢 手挟(たばさ)み 立ち向かふ 
  高円山(たかまとやま)に  春野焼く 野火と見るまで燃ゆる火を 
  何かと問へば 玉鉾の 道来る人の 泣く淚 
  こさめに降れば 白栲(しろたへ)の 衣ひづちて
  立ち留まり 我れに語らく なにしかも  もとなとぶらふ 
  聞けば 哭(ね)のみし泣かゆ    語れば 心ぞ痛き 
  天皇(すめろき)の 神の御子(みこ)の 
  いでましの 手火(たひ)の光ぞ  ここだ照りてある 」  
                               巻2-230 笠金村歌集
語句解釈
 さつ矢 :「さつ」は幸 矢の褒め言葉
 こさめ : 小雨 
 白袴(しろたへ): 白い喪服
 衣ひづちて: 「ひづつ」は びっしょり濡れる
 もとなとぶらふ :「もとな」は「元無」で 理由もなく
 手火(たひ) : 松明

「短歌」

「 高円の 野辺(のへ)の秋萩 いたずらに
    咲きか散るらむ 見る人なしに 」  巻2-231 笠金村歌集


( 高円の野辺の秋萩は 今はかいもなく咲いては散っていることであろうか。
 見る人もいなくて ) 
 
 「咲きか散るらむ」は「咲き散るらむか」の意で、満開となって散る

「 御蓋山  野辺行く道は こきだくも
     繁く荒れたるか 久(ひさ)にあらなくに 」 
                           巻2-232 同上


( 御蓋山の野辺を通る皇子の宮への道は どうしてこんなにもひどく荒れすさんで
  いるのであろうか。
  皇子が亡くなられてからまだそんなに長くは経っていないのに ) 

同じ年、元正天皇の即位があり、慶事と忌事が重なったためでしょうか、
「続日本紀」は皇子薨去の年を715年ではなく716年と伝えています。
そのような事情から表立っての葬祭は行われず、密葬のみの寂しいものであった
ことが推察されます。
作者は志貴皇子に近習していたと思われ、切々たる哀悼の気持ちが込められている
歌群ですが、長歌と短歌の間に時間的なズレが感じられ別々の時期に詠われたようです。

当時、挽歌は人麻呂の歌に見えるように、まず死者の経歴を述べて遺徳をたたえ、
最後に「主人公が亡くなって大変悲しい」と詠い上げる形式が確立されていました。
ところが笠金村はそのような形式を全く無視し、もっぱら葬式に自分が立ち会った
状態として詠っています。

まず夜の暗い闇の中から松明の光の列がえんえんと続く。
作者が登場し、「 野火と見るまで 燃ゆる火を いかに 」と驚きを表現して
聞き役にまわり、主役に話らせる。
相手が答え、二人の会話を通して事柄を読者に知らせる。
短い中にも1つの演劇ドラマを完成させるという万葉集には例を見ない手法とされ、
「笠金村の代表作」と高い評価がなされている歌群です。

 「 高円(たかまと)の 野辺の秋萩 な散りそね
        君が形見に 見つつ偲(しぬ)はむ 」   巻2-233  笠金村歌集


           「な散りそね : 散らないでおくれ

生前、政治の表舞台に立つことなく、その温雅な人柄で平穏な生涯を終えた皇子。
ところが、死後60年後に予想もしえなかった大事件が起きました。
770年、度重なる政争などで天武系の皇統が絶え、志貴の子、白壁王が62歳にして
光仁天皇として即位されたのです。
一夜にして天皇の父親となった志貴皇子。
以後は春日宮天皇と追尊されることになります。

棺を覆った後、天智系唯一の遺皇子として皇統へのかけがえのない橋渡しとしての
役割を果たされたとは!
泉下の皇子はいかに思召られたことでしょうか。
しかも、皇統は桓武天皇へと引き継がれ現在に至っているのです。

歌の世界でも志貴皇子の清新な歌風は子の湯原王、榎井王、春日王、孫の安貴王、
曾孫の市原王など名手を輩出しながら受け継がれてゆきました。

  「この萩の 雨のごとくに垂るるかな 」 山口青邨


白毫寺には皇子を偲ぶよすがとして本堂に登る石段の両脇に溢れ出るばかりの
萩が植えられており、満開の頃は、まさにかき分けてゆくような趣を呈しています。
高台からの眺望も素晴らしい。
遠くに生駒山とその下に広がる大和盆地。
寺の片隅、高円山の頂上が臨める場所には笠金村の歌碑がひっそりと建てられており、
毎年9月15日、萩の花咲く中で、お忌法要が営まれているのです。

   「萩散りて 寂もどりけり 御影堂 」   南浦小糸


ご参考.

1.万葉集遊楽で上記に関連する稿 : 数字は掲載番号 

        51 (早蕨)  166 (絵を描く万葉人:采女)  222 (むささび) 
        336 (高円山)   348 (采女)    355 (鴨)

2.志貴皇子の歌 (万葉集歌番号と主題)

         1-51(采女) 1-64(鴨) 3-267(むささび)
         4-513 (大原:=明日香村小原)  8-1418 (早蕨:さわらび)  
         8-1466 (ほととぎす)

                                              以上
[PR]

by uqrx74fd | 2012-10-26 21:02 | 生活

<< 万葉集その三百九十六(藤袴)    万葉集その三百九十四(恋する鹿) >>