万葉集その三百九十六(藤袴)

( 藤袴 春日大社神苑 万葉植物園で)
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( 藤袴、彼岸花 露草  同上 )
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( 藤袴 同上)
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( 古代の袴 日本歴史図録 柏書房より )
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( 濃紫の藤袴  yahoo画像検索より)
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「 藤袴 何色と言ひ難かりし 」 粟津松彩子

藤袴はキク科の多年草で、秋の訪れとともに薄い藤色の花を咲かせます。
小さな筒状の花の形が昔の袴と似ている、あるいは「佩(は)く」すなわち身につける
という意からその名があるとされていますが、花を眺めても今一つピンときません。

「藤袴」が我国の文献に最初に登場するのは日本書紀(允恭天皇の項)で、古くは
蘭(らん、らに、アララギ)とよばれていました。
蘭といえば現在はシュンランのような蘭科の植物を思い浮かべますが、そうではなく
原産地中国で藤袴の事を蘭とよんでおり、わが国でもそのまま使っていたようです。

乾燥するとラベンダーのような芳香を発するので、衣類に焚き込めたり
匂袋に入れたりしたほか、髪洗い、さらに煎じて利尿、黄疸、通経などに
用いられていた有用の植物です。

万葉集では山上憶良が秋の七草の中に詠みこんだ一首しかありませんが、
平安時代になると多く詠われるようになります。

「 秋の野に 咲きたる花を 指折り(およびをり)
      かき数ふれば 七種(ななくさ)の花 」 
                    巻8の1537  山上憶良(既出)

 「 萩の花 尾花 葛花(くずはな) なでしこの花
     おみなえし また 藤袴(ふじばかま) 朝顔の花 」 
                 巻8の1538 旋頭歌 山上憶良(既出)
                    
                    (旋頭歌:五七七 五七七を基本とする)

 二首で一組になっており、朝顔は現在の桔梗とされています。
『「指折り(およびをり)」は子供に呼びかける俗称で、
 「また」は指を折り数えていて5本の指になったところで
別の手に変えて数える動作 』(伊藤博)とされています。

730年の秋、筑紫の国守であった作者は地方を巡行中、野に遊ぶ子供を見かけ
百花繚乱の花の名を教えたくなったのでしょうか。

 「 秋の野に咲いている花 その花をいいか、こうやって指を折って数えてみると
   七種の花 そら七種の花があるんだぞ 」    巻8の1537
 「 一つ萩の花 二つ尾花 三つに葛の花 四つなでしこの花 うんさよう
   五つにおみなえし。ほら それにまだあるぞ 六つ藤袴 七つ朝顔の花
   うんさよう、これが秋の7種の花なのさ 」     巻8の153
                   訳文(伊藤博:万葉集釋注)

首皇子(おびとのみこ=のちの聖武天皇)の東宮を務めたこともある憶良は当時71歳。 
秋晴れの野で相好をくずしながら子供たちに教えている様子が目に浮かぶような
心温まる歌です。

選ばれた七草のうち藤袴以外はすべて我国原産の植物ですが、遣唐使として中国で
何年か過ごした作者は、かの地で見かけた花に親近感を覚え、七種の一つに
加えたのかもしれません。
ともあれ地味で目立たない藤袴はこの歌のお蔭で1300年を経過した今でも決して
忘れ去られることがない植物になりました。

「 香は古く 花は新し 藤袴」   素檗

平安時代になると「香り」が教養人の素養とされたため文芸に多く登場し、
源氏物語にも藤袴を「蘭(らに)」とよんでいたことが示されています。(藤袴の巻) 
その後、我々が現在、蘭とよんでいる花が愛でられるようになると、ランは「蘭花」、
藤袴は「蘭草」と区別されるようになりますが、歌の世界では藤袴が定着してゆきます。

「 なに人か 来てぬぎかけし藤袴
    来る秋ごとに 野辺を にほはす 」  古今和歌集 藤原敏行


( いったいどんな人がやってきて脱いでかけておいたのだろう。
  藤袴は来る秋ごとに野辺によい香りを発しているよ。)

袴に香を焚き込めていた女性が芳しい香りを残して通り過ぎて行った。
それは、一面に咲く藤袴が香りを漂わせているようだ。
「匂い」を詠った珍しい一首です。
なお、平安時代の女性の野袴は「張袴」といい、モンペのような形だったそうです。

「 秋風に ほころびぬらし藤袴
      つづりさせてふ きりぎりす鳴く 」 
                古今和歌集 在原棟梁(むねやな)


( 秋風に吹かれて藤袴がほころびたらしい。
 「ツズリサセ ツズリサセ」 
 蟋蟀が「袴のほころびをなおしなさい」と鳴いているよ )

平安時代、蟋蟀をキリギリスと呼び、キリギリスをコオロギと呼んでいました。
この歌は秋の七草である藤袴と衣類の袴、さらに、コオロギの鳴き声と
つづり刺せ(繕う)を掛けています。

古代、関東以西のどの地でも野性の状態で見られた藤袴。
今や絶滅の危機に瀕し植物園に行かなければお目にかかることが出来ない
幻の花になりつつあります。
丈夫で育てやすい植物なのに不思議なことです。
目立たないので雑草として刈り採られてしまっているのかもしれません。

「 藤袴 吾亦紅(われもこう)など 名にめでて 」  高濱虚子
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by uqrx74fd | 2012-11-03 17:33 | 植物

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