万葉集その三百九十七(秋萩)

(咲く萩 散る萩  向島百花園)
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( 紫の萩   同上 )
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( 白萩   同上 )
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( ニシキハギ  家の近くで )
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( 蝶も萩がお好き  向島百花園 )
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( 萩、エノコログサ、露草  同上 )
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( 萩のトンネル  同上 )
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( 萩の実  皇居東御苑 )
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「 秋風は涼しくなりぬ 馬並(な)めて
       いざ野に行かな 萩の花見に 」 
                    巻10-2103 作者未詳(既出)


万葉集で最も多く登場する植物は萩の142首、貴族の間で人気があった梅の
119首を大きく凌いでいます。
決して華やかとは言えない萩が何故このように好まれたのでしょうか。
1つには、当時、平城京郊外の春日野や高円の野に今では想像も出来ないような
萩の大群生地があり野性の鹿と共に身近な存在であったことが考えられます。
さらに萩の生命力の強さ、日本女性を思わせる楚々とした美しさ、高貴な色とされた
紫の花、生活に密着した有用な植物など様々な理由がありそうです。

まずは、歌を辿りながらその一端に触れてみましょう。

「 わが背子(せこ)が かざしの萩に 置く露を
   さやかに見よと 月は照るらし 」 
               巻10-2225  作者未詳


( あなたさまが挿頭(かざし)にしておられる萩に置く露。
 その露の輝きをはっきり見なさいと、お月様はこんなにも明るく照っているのですね)

皓々と輝く月の光を一身に浴びている二人。
夫の頭に挿した萩の上の露は宝石のようにきらきらと輝き二人を祝福しているようです。
澄みきった空気の中、秋の夜が静かに、静かに ゆっくりと過ぎてゆきます。 

萩という字はわが国で作られた国字で古くは「生芽」(はえぎ)と書き、
転じて「はぎ」になったと言われています。
「生え芽」即ち、根元から絶えず新しい芽が出、折れたり切れたりしても
枝の間から芽吹く強い生命力。
古代の人は花や木の枝がもつ旺盛な生命力にあやかろうと手折って頭や衣服に挿し、
長寿、繁栄を祈ったのです。

「 秋田刈る 仮蘆(かりいほ)の宿り にほふまで
    咲ける秋萩 見れど飽かぬかも 」
                       巻10-2100 作者未詳


( 秋の田を刈るための仮寝の小屋。
  その仮小屋まで照り映えるばかりに咲き誇っている秋萩は
  見ても見ても飽きることがないなぁ )

当時の下級官吏は田植えや刈り入れのための休暇を公認されており、
作者も収穫のために家から遠く離れた田所にきているようです。
野原一面に咲く萩。
女郎花、撫子、薄、などと共にさぞや見事な景観だったことでしょう。

萩が詠われている142首の中で「秋萩」とされているのは81首。
秋に対する思い入れが格別に強かった万葉人よ。

「 萩の花 咲きの ををりを 見よとかも
        月夜(つくよ)の清き 恋まさらくに 」
                      10-2228 作者未詳


( 萩の花のたわわに咲き乱れるさまを見なさいと 今宵の月はこんなに清らかに
 照っているのであろうか。
 萩の花への恋心がつのるばかりなのに )

「ををり」は「生ひ覆おれる」の意。

枝も撓むばかりに咲いている萩は重みに耐えかねて身をかがめている。
地面にしどけなく散り敷いている花に射す月の光。
作者はロマンティックな雰囲気の中、恋人の姿を想い描いているのでしょうか。

しなやかに伸びる枝に強靭さをもち、紅紫の花の奥に濃艶な色気を秘めている。
楚々とした風情と品格。
大和撫子とは違った大人の日本女性を感じさせる萩です。

「 恋しくは 形見にせよと わが背子が
   植えし秋萩 花咲きにけり 」 
                       巻10-2119 作者未詳


( 「恋しくなったら私を偲ぶよすがにしなさい」とあの方が植えて下さった萩。
  その花が今美しく咲いています。
  あの方のお帰りは何時になるのでしょうか )

都へ役人として出向いたのか、防人として出征したのか定かではありませんが、
「寂しくなったらこの萩を俺と思って眺めてくれ。花が咲く頃には帰りたいものだ」
と言いながら妻を残して単身旅立った夫の帰りを今か今かと心待ちにしている妻です。

この歌から、萩は家の庭に植栽されていたことがわかりますが、単に観賞用だけ
ではなく、葉は乾燥させて茶葉に、実は食用、根は婦人薬(めまい、のぼせ)、
樹皮は縄、小枝は垣根、屋根葺き、箒、筆(手に持つ部分)、さらに馬牛などの
家畜の飼料など、多岐にわたって利用されていました。

「 萩、いと色ふかう、枝たをやかに咲きたるが、朝露にぬれて なよなよと
  ひろごりふしたる、さ牡鹿のわきて立ち馴らすらんも、心ことなり」
                                (清少納言 枕草子 第五十五段 )


( 萩は大変色濃く枝がしなやかに咲いたのが、朝露に濡れてなよなよと広がって
  倒れているのが面白い。
  牡鹿がとりわけ萩と馴れ親しんでいるのも格別の趣があります )

萩が咲き始めると牡鹿が妻を求めて鳴き出し、露は萩の開花を促し、
晩秋のそれは落花を早めるものと考えられていました。
萩、鹿、露、の取り合わせは趣があるものとして後々まで詠われています。

 しら露も こぼさぬ萩の うねり哉(かな) 」 芭蕉

以下は長谷川 櫂氏の解説です。

『 萩の枝が大きな株から湧き上がるように八方へ広がる。
  その萩の一つ一つに玉のような露がのっている。
  折々かすかな風が立ち、萩の枝は露の玉をこぼさぬほどにゆるやかに揺れる。
  風に吹かれて今にも飛び散りそうな白露をこぼすまいとして揺れ動いて
  いるかのようである。

萩の枝のうねりを詠んで句は萩の枝のようにしなやかにうねっている。
芭蕉の言葉そのものがしなやかにうねる萩と化しているのだ。
400年前に詠まれ、いまだ誰ひとり超えたことがない萩の句である。 』
                       (花の歳時記 ちくま新書より)

「 良夜かな 琴の音揃ふ 百花園 」 佳藤木まさ女

    江戸時代に開園された向島百花園。
    今年も、萩のトンネルが壮観でした。
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by uqrx74fd | 2012-11-10 08:11 | 植物

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